古市城跡(読み)ふるいちじようあと

日本歴史地名大系 「古市城跡」の解説

古市城跡
ふるいちじようあと

[現在地名]奈良市古市町

春日山の西麓端台地、小字古城ふるしろ高山たかやま城山しろやまにある。標高約一〇〇メートル。一五世紀後半から一六世紀初頭に至る古市氏居城。同氏はつねに越智氏と結び筒井氏に抗した。とくに古市胤仙の子胤栄・澄胤は大和を代表する棟梁的地位を保ち、風流武将としても有名。明応二年(一四九三)澄胤は山城相楽そうらく綴喜つづき二郡(現京都府)に勢力を伸張し、同六年一一月、筒井順盛と合戦、白毫びやくごう寺に陣したが利あらず笠置かさぎ(現京都府)に退いた。さらに永正五年(一五〇八)赤沢朝経に従い筒井尚順を攻めたが戦死

古市城跡
ふるいちじようあと

[現在地名]油木町油木 古市

東油木ひがしゆきの北部、古市集落西方の通称城山じようやまにあり、南北に通る東城路を眼下に押える。油木に残る中世の山城として典型をなし、遺構もよく残る。頂上は二段に削平され、北面と南面は土を削って断崖をつくり、東方の隅には土塁・登城道などが設けられており、おそらく戦国末期まで使われたものと思われる。城主について「神石郡誌」は不明とし、当城とは別に「古城」を記して城主として涌木徳若丸・湯谷又八郎久豊の名をあげるが、おそらく同一の城とみられる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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