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向原寺 コウゲンジ

デジタル大辞泉の解説

こうげん‐じ〔カウゲン‐〕【向原寺】

むくはらでら

むくはら‐でら【向原寺】

奈良県高市郡明日香村にあった日本最初の寺。欽明天皇13年(552)百済(くだら)から献上された仏像を、蘇我稲目小墾田(おはりだ)の家、のち向原の家に安置して寺としたのに始まるという。推古天皇の時代に豊浦(とゆら)に移転、豊浦寺と称した。現在はその跡地に向原(こうげん)寺(広厳寺)がある。

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大辞林 第三版の解説

こうげんじ【向原寺】

奈良県明日香村にある浄土真宗の寺。 → むくはらでら(向原寺)

むくはらでら【向原寺】

奈良県明日香村豊浦とゆらにあった日本最初の寺。552年、蘇我稲目そがのいなめが百済くだら王から献じられた仏像・経論を小墾田おはりだの家に安置し、のち向原の家に移して寺としたという。推古朝期(592~628)には豊浦に移り、豊浦寺と称した。現在その跡地に浄土真宗の向原こうげん寺(広厳寺とも)がある。小墾田寺。豊浦寺。建興寺。桜井寺。

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世界大百科事典内の向原寺の言及

【豊浦寺】より

…奈良県高市郡明日香村にあった古代寺院。浄土真宗の広厳(向原)(こうげん)寺がその後身と伝える。建興寺とも称し,飛鳥寺(法興寺)と並ぶ日本最古の寺院。縁起は《元興寺(がんごうじ)伽藍縁起幷流記(るき)資財帳》に取り込まれているが,それによれば,538年に百済から仏像が渡ってくると蘇我稲目(そがのいなめ)の建言で牟久原(向原)(むくはら)の宮に安置され,582年に桜井の道場に移って司馬達等(しばたつと)の娘善信ら3人の尼が住んだが,ついで593年(推古1)に推古天皇は,桜井の道場を聖徳太子に造営をゆだね,等由良(とゆら)宮を寺となして等由良(豊浦)寺と号したという。…

【寺院】より

…所在の山名を付けた山号は,かつて寺院が山岳にあったなごりとされる。 日本最初の寺院は,蘇我稲目(そがのいなめ)(?‐570)が仏教伝来まもなく,仏像を自邸に安置して向原(むくはら)寺と称したのに始まるという。そののち7世紀,有力氏族がしだいに寺院を建立,624年(推古32)寺院数46を数えたといい,四天王寺式,法隆寺式などと呼ばれる七堂伽藍の堂舎(伽藍配置)を整えた古代寺院が営まれだした。…

※「向原寺」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト世界大百科事典 第2版について | 情報

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