?~554
聖王・明王とも。百済(くだら)の国王(在位523~554)。武寧(ぶねい)王の子。名は明穠(めいじょう)。「上宮聖徳法王帝説」によると,538年に仏像と経典を大和朝廷に送った(「日本書紀」は552年)。「日本書紀」の引用する「百済本記」では,日本との同盟関係のもとで任那(みまな)の復興に努力したとされる。554年みずから軍隊を率いて,高句麗と結んだ新羅(しらぎ)を攻撃しようとしたが,新羅軍の伏兵にあって戦死した。
出典 山川出版社「山川 日本史小辞典 改訂新版」山川 日本史小辞典 改訂新版について 情報
出典 旺文社日本史事典 三訂版旺文社日本史事典 三訂版について 情報
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
…在位523‐554年。聖明王,明王ともいう。諱(いみな)は明禯または明穠。…
※「聖明王」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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