日本大百科全書(ニッポニカ) 「吸血鬼ドラキュラ」の意味・わかりやすい解説
吸血鬼ドラキュラ
きゅうけつきどらきゅら
Dracula
怪奇小説の古典。アイルランドの作家ブラム・ストーカーが、ルーマニアのトランシルバニア地方の伝説を基に書いた作品(1897)。トランシルバニアの古城に1人住むドラキュラ伯爵。その城を訪れたイギリスの弁理士ハーカーは、伯爵が昼は棺(かん)の中で眠り、日没とともに起き出して人を襲う恐るべき吸血鬼であることを発見する。吸血鬼に血を吸い取られ死んだ被害者は自分もまた吸血鬼と化して不死者となる。彼ら吸血鬼が恐れるのはニンニクと十字架と太陽光線で、彼らの魂には安息と平安はない。主人公の日記や手紙、新聞記事、電報などでドキュメンタリー風に構成された本編は、1927年に劇化、1931年に映画化され、さらに繰り返し映画化されて世界的にポピュラーになった。
[厚木 淳]
映画
ドラキュラの映画化は、サイレント期にはドイツのF・W・ムルナウ監督、マックス・シュレックMax Schreck(1879―1936)主演の『吸血鬼ノスフェラトゥ』(1922)が、所を疫病騒ぎが起きたブレーメンに移して製作。日本では劇場未公開だが、テレビなどで見る機会はあり、1978年にヴェルナー・ヘルツォーク脚本監督、クラウス・キンスキーKlaus Kinski(1926―1991)主演でリメイクされた。
トーキー初期には、トッド・ブラウニングTod Browning(1880―1962)監督、ベラ・ルゴシBela Lugosi(1882―1956)主演の『魔人ドラキュラ』(1931)が、芝居がかった形でつくられた。1940年代に、当時、スリラーではヒッチコック、フリッツ・ラングと並ぶ存在だったロバート・シオドマクRobert Siodmak(1900―1973)監督が、ドラキュラの息子がアルカード伯と名のってアメリカへ渡るという『夜の悪魔』(1943)を撮るが、主役のロン・チェイニー・ジュニアLon Chaney Jr.(1906―1973)の肥満体のせいもあって不評。しばし鳴りを潜めるが、やがてカラーが普通の時代に入り、イギリスの、低コストSF・ホラー専門のハマー・フィルム・プロダクションが、テレンス・フィッシャーTerence Fisher(1904―1980)監督で『吸血鬼ドラキュラ』(1958)を活劇風怪談として撮る。燭台(しょくだい)を交差させた即製十字架で動きを封じられたドラキュラが、陽光で灰と化して四散した後に、指輪だけが残る結末は鮮やかであった。これが怪奇ファンに大受けし、主演のクリストファー・リーChristopher Lee(1922―2015)が一躍人気スターとなって、続編をつくることになり、『凶人ドラキュラ』(1966)では、かき集めた灰に血を滴らせるという苦肉の策で復活させた。
以後、ドラキュラ伯もほかのバンパイアも、あの手この手で乱作され、コメディやパロディ化された例は枚挙にいとまがない。フランシス・コッポラが『ドラキュラ』(1992)を撮ったとき「原作に忠実」と強調していたが、一向にそうではなかった。巨匠の力説はあてにしないほうがよい。ロマン・ポランスキ監督も『吸血鬼』(1967)を撮っており、これは当時、飯沢匡(いいざわただす)が「ホモ・ルーデンスの快作」と評していた。
日本にも、山本迪夫(やまもとみちお)(1933―2004)監督の『幽霊屋敷の恐怖 血を吸う人形』(1970)、『呪いの館 血を吸う眼(め)』(1971)、『血を吸う薔薇(ばら)』(1974)の3作がある。そもそもドラキュラを始めとするバンパイア族は、十字架で封じられ、流水(聖水)に弱い。つまり反キリスト者なのだ。だがここにはそれがない。怖いものなしの悪魔である。ハマー調のショック演出に応じた岸田森(きしだしん)(1939―1982)の怪演は、彼の代表作に数えていいと思う。
また、舞台の好評で映画化されたフランク・ランジェラFrank Langella(1938― )主演の『ドラキュラ』(1979、ジョン・バダムJohn Badham(1943― )監督)は、一流の作品として記録に価する。
医学的トラブルがらみで吸血体質になる設定もある。金子修介(かねこしゅうすけ)(1955― )監督の『咬(か)みつきたい』(1991)の緒形拳(おがたけん)(1937―2008)、韓国の朴贊郁(パクチャヌク)(1963― )監督の『渇き』(2009)では、神父役の宋康昊(ソンガンホ)(1967― )がそうなってしまう。
バンパイア・キラー物も、一つのジャンルである。吸血鬼退治の活劇に一種の哀感がからむのが眼目で、ホラー趣味一筋のティム・バートン製作の『リンカーン/秘密の書』(2012)もその1本。ドラキュラ―バンパイア物は永久に不滅らしい。
[森 卓也]
『平井呈一訳『吸血鬼ドラキュラ』(創元推理文庫)』