翻訳|thriller
読者や観客に、ぞっとするような興趣を与えるべくつくられた小説や劇、映画などの呼称。元来は、スリル(中世ラテン語の「身震いする」の意味が語源)のスラングで、1889年ごろから、センセーショナルな物語や劇に関して使われ始めた。一般化したのは第二次世界大戦中からで、戦後わが国でも映画(とくにアメリカ映画)の一ジャンルとして用いられることが多くなった。
しかし、スリラーの意味範囲はきわめてあいまいで特定しにくい。すなわち、一つの作品は種々の要素から構成されており、とくに怪奇、推理、犯罪を扱ったドラマでは、「スリルとサスペンス」(戦慄(せんりつ)と不安)という対句がよく用いられるように、スリルのほかにサスペンスの要素が加わり、この両者が不可分の関係で存在しているのが普通である。ポーの怪奇小説、江戸川乱歩、横溝正史(せいし)、ウィリアム・アイリッシュらの推理小説、アリステア・マクリーンの冒険小説、スティーブン・キングの恐怖小説など、またこれらを舞台化、映画化、テレビドラマ化した作品は広くスリラーに含まれる。
スリラー映画は1940年代以降アメリカを中心に盛んにつくられ、アルフレッド・ヒッチコックの『断崖(だんがい)』(1941)、『疑惑の影』(1943)、ロバート・シオドマークの『幻(まぼろし)の女』(1944)、ビリー・ワイルダーの『深夜の告白』(1944)、アナトール・リトバクの『私は殺される』(1948)、テッド・テツラフの『窓』(1949)などがある。またシオドマークの『らせん階段』(1945)、ヒッチコックの『白い恐怖』(1945)などは異常心理や心理分析を取り入れたことで特筆される。この分野の筆頭ヒッチコックは、スリルのなかにユーモアと華麗さを加味して独自の世界を展開させ、観客層の強い支持を受けた。イギリスのキャロル・リード、フランスのH・G・クルーゾもスリラーの名手であった。
ヒッチコックの死(1980)後、ブライアン・デ・パーマやジョン・カーペンターらのこの分野での台頭が注目される。近年の作品では、アンドリュー・デイビスの『逃亡者』(1993)、『ダイヤルM』(1998)、ビンチェンゾ・ナタリの『CUBE』(1998)などがあげられる。しかし、悪魔的な霊との争いを描くオカルト映画や、無差別な殺人を前面に押し出したショッカーなどの、さらに刺激的な残酷描写に押され、構成力と演出の妙味を本領とするスリラー映画に往年の力はない。
[森 卓也]
出典 株式会社平凡社百科事典マイペディアについて 情報
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