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国後・目梨の戦 くなしりめなしのたたかい

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世界大百科事典 第2版の解説

くなしりめなしのたたかい【国後・目梨の戦】

アイヌ民族の松前藩に対する近世最後の武力闘争。近世には〈寛政蝦夷乱〉〈国後騒動〉〈寛政元年蝦夷騒擾〉などと称されたが,近代以降は〈寛政元年の蝦夷騒乱〉〈寛政の乱〉〈国後・目梨の乱〉〈クナシリ・メナシ地方アイヌの蜂起〉などとも称される。 シャクシャインの戦が敗北して以来,アイヌ民族に対する松前藩の支配が一段と強化され,とりわけ元禄・享保期(1688‐1736)に場所請負制が成立するや,アイヌ民族は交易相手から漁場の労務者へと変質させられていった。

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世界大百科事典内の国後・目梨の戦の言及

【アイヌ】より

…また商場の経営が,商人による商場内での漁業経営(場所請負制)へと急速に変化するなかで,アイヌ民族の立場も,交易相手から漁場の下層労務者へと変質させられ,場所請負人によって酷使されるに至った。場所請負制の発展過程のなかで反和人の武力闘争として戦われたのが,1789年(寛政元)の国後・目梨(くなしりめなし)の戦であったが,当時のアイヌ民族は全体として経済的に松前藩(日本社会)に依存した生活を余儀なくされていたことや,有力首長層が松前藩側に協力したこともあって,いち早く松前藩に鎮圧された。 その後幕府はロシアの南下現象への対応策として1799‐1806年(文化3)東蝦夷地と箱館付在々の和人地(松前地)を,次いで1807‐21年(文政4)松前・蝦夷地全域を幕領とした。…

【場所請負】より

…江戸時代の蝦夷地(北海道・南千島,樺太の一部)における植民地経営の方式。18世紀前期に成立し,明治初年に廃止された。 近世初頭,松前藩は渡島(おしま)半島南部の和人地を直轄するとともに,それ以外の北海道の海岸部を,アイヌの各部族の支配領域に対応させて〈場所〉という領域に区分し,場所のアイヌとの交易独占権を上級家臣に知行として分与した。これは松前藩自体が江戸幕府から与えられた蝦夷地交易独占権を,家臣に分与した商場(あきないば)知行制とみられる。…

※「国後・目梨の戦」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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