国際収支発展段階説(読み)こくさいしゅうしはってんだんかいせつ

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

国際収支発展段階説
こくさいしゅうしはってんだんかいせつ

一国の経済発展に伴う貯蓄Savingと投資Investmentのバランス(貯蓄投資バランス、またはISバランス)を、人のライフ・サイクルのように、一定の条件のもとで規則的なパターンで変化するものととらえ、対外的な資金の流れとしての国際収支構造の変化を説明する考え方。1950年代に経済学者のクローサーGeoffrey Crowther(1907―1972)やキンドルバーガーCharles P. Kindleberger(1910―2003)によって提唱された。[前田拓生]

国際収支の発展段階

クローサーの国際収支の発展段階は、一国の経済発展に伴う国際収支パターンを、ストック(資産)である対外純資産負債残高とフロー(流れ)である資金の流出入の状況から以下の六つの発展段階を想定し、(1)から(6)へと発展するものと仮定している。ここで実際には第二所得収支や資本移転収支が存在しているが、その存在は捨象し、経常収支+金融収支=0と考え、経常収支=貿易・サービス収支+第一所得収支と定義している。なお、国際収支関連統計は2014年(平成26)1月に大幅な見直しが行われたことから、旧来使用されてきた用語が変更されている。しかし多くの参考文献は旧来の用語を用いて国際収支発展段階説を解説していることから、以下では新しい用語とともに旧来の用語も併用する(文中の( )内に旧来の用語を記載)。
(1)未成熟な債務国 キャリアもなく所得も少ない、若者のような低開発国の段階。この段階は経済発展の初期であるために国内貯蓄が不十分である。しかし、投資の限界効率は高いことから海外から資金が流入する。産業基盤がないので貿易・サービス収支は赤字。第一所得収支(所得収支)は海外資金を借り入れている債務国であるために赤字。したがって、その合計である経常収支は赤字。経常収支の赤字は海外からの資金流入でファイナンス(資金調達)されることから金融収支(資本収支)は黒字となる。
(2)成熟した債務国 まだまだ所得は少ないもののスキルをもっている青年のような国の段階。この段階は工業生産力が徐々に発達し、輸出産業の成長から貿易・サービス収支が黒字となる。しかし、過去の債務の返済のために第一所得収支(所得収支)は赤字。この段階では第一所得収支(所得収支)の赤字額は貿易・サービス収支の黒字額を上回っているので、経常収支は赤字。したがって、この経常収支の赤字を海外からの資金流入でファイナンスされる必要があることから、金融収支(資本収支)は黒字となる。
(3)債務返済国 所得が増え、それまでのローンの返済も進んで、場合によっては完済してしまった壮年期のような新興国の段階。この段階ではさらに工業生産力が高まり、経済発展が進行する。長期的にみたとき、工業生産力はその国のピークと考えられる段階。したがって、貿易・サービス収支は第一所得収支(所得収支)を上回る黒字となり、経常収支も黒字化し、それまでの債務を返済することが可能となる。金融収支(資本収支)は赤字化する。
(4)未成熟な債権国 蓄えができるようになった中年期のような国であり、先進国の仲間入りをする段階。この段階ではすでに工業生産力がピークを過ぎ、若干衰えがみえる段階となる。しかし、なおも貿易・サービス収支は黒字であるうえに、第一所得収支(所得収支)が黒字化し、債権国となる。したがって、経常収支は大幅な黒字であり、金融収支(資本収支)は大幅な赤字である。
(5)成熟した債権国 豊かなスキルを保有しているが所得のピークが過ぎた中年後期のような国の段階。この段階では工業生産力がいっそう低下し、ふたたび貿易・サービス収支が赤字化する。しかし、第一所得収支(所得収支)の黒字額が貿易・サービス収支の赤字を上回るので、経常収支は黒字を維持し、金融収支(資本収支)は赤字である。したがって、対外純資産は増加する。
(6)債務取り崩し国 貯蓄を取り崩して生活を行っているような成熟した国の段階。この段階ではさらに工業生産力が低下し、貿易・サービス収支の赤字額が第一所得収支(所得収支)の黒字額を上回ることから経常収支は赤字となる。したがって、金融収支(資本収支)は黒字化し、対外純資産残高が減少する段階である。[前田拓生]

国際収支発展段階説の課題

このような国際収支発展段階説を日本の経済に照らしてみると、貿易・サービス収支はリーマン・ショック(2008)以降の傾向として赤字基調であるものの、第一所得収支(所得収支)はその赤字額を上回る黒字を維持している。したがって、経常収支は黒字(金融収支は赤字)であり、対外純資産は増加を続けている。そういう意味から(5)の「成熟した債権国」にあると考えることができる。このような現状を踏まえて、日本の先行きを国際収支発展段階説に当てはめると、少子高齢化や国内産業の競争力の相対的な低下を背景にして、「債券取り崩し国」へ向かうというシナリオも考えられる。
 しかし、この国際収支発展段階説の6段階はかならずしも順を追って発展していくわけではなく、実証分析においては逆進がしばしば観測されている。実際、先進国で高齢化が進んだ成熟国であっても、北欧諸国やスイスでは経常収支は黒字であり、貯蓄を取り崩しているとは限らない。また、ここでは貿易収支とサービス収支がつねに同じ方向に動くものと仮定しているが、実際にはアメリカのようにサービス収支の一部である特許等使用料収支は非常に安定的な黒字を維持している国も存在する。さらに、アメリカ・ドルは基軸通貨としての役割があり、国際経済環境の変化に伴ってアメリカ以外の国が外貨準備としてドルを保有する行動も存在することから、経済発展に伴う国際収支の変化だけでは説明がつかない状況も観測される。[前田拓生]
『経済産業省編『通商白書』(2002・ぎょうせい) ▽荒木英一・西川憲二著「日本の「貿易黒字神話」の崩壊」(『桃山学院大学経済経営論集』第46巻3号所収・2004・桃山学院大学) ▽福田慎一著「第11章 最近の国際資本移動について」(『貯蓄率の低下、ISバランスの変化と日本経済――資金の効率運用と金融サービス業の国際競争力』所収・2007・日本経済調査協議会) ▽尾田温俊著「クローザ国際収支発展段階説の検証」(『福山大学経済学論集』第34巻第1号所収・2009・福山大学経済学研究会) ▽石田三樹・越智泰樹著「国際取引における知的財産権の重要性について――特許等使用料収支を中心として」(『地域経済研究』第21号所収・2010・広島大学大学院社会科学研究科附属地域経済システム研究センター) ▽菊池渉著「国際収支関連統計の見直しについて」(『BOJ Reports & Research Papers』所収・2013・日本銀行国際局)』

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