日本大百科全書(ニッポニカ) 「土地と自由」の意味・わかりやすい解説
土地と自由
とちとじゆう
Земля и Воля/Zemlya i Volya ロシア語
19世紀ロシアの革命的秘密結社。二度にわたり結成された。
(1)第一次「土地と自由」 1861年の末に、セルノ・ソロビエビッチ、スレプツォフ、オブルチェフなどを中心に、ペテルブルグ、モスクワなどで形成され、ロンドンに亡命中のゲルツェンやオガリョフと連携した。ロシア国内のチェルヌィシェフスキー、国外のバクーニンもこれに関係し、さらに62年末にはポーランドに駐在しているロシア軍の将校とも連絡して農民革命とロシア、ポーランドの革命的提携を図った。しかし、ロシア国内の指導者が逮捕され、ポーランドの蜂起(ほうき)が失敗に終わって、64年春には自然消滅した。
(2)第二次「土地と自由」 1878年ナロードニキの革命家によってつくられた。おもなメンバーは、ナタンソン、ミハイロフ、プレハーノフらで、のちにクラフチンスキーやペロフスカヤも加わった。彼らは「人民の中へ!」(ブ・ナロードV narod !)のスローガンを受け継ぎ、農村に入って農民に蜂起を訴えることを計画した。その後、政府高官や皇帝暗殺をめぐって意見が対立し、テロリズムを肯定する「人民の意志」派と、それを否定しプロパガンダを重視する「チョールヌイ・ペレジェール(全土地割替)」派とに分かれた。
[外川継男]
『荒畑寒村著『ロシア革命前史』(1967・筑摩書房)』