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農奴解放 のうどかいほうemancipation of serfs

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

農奴解放
のうどかいほう
emancipation of serfs

(1) 荘園農民が,領主支配の枠内において農奴身分の規定,特に労働地代の負担から解放されること。 (2) 隷農がすべての封建的負担から解放され,独立した存在になること。ヨーロッパでは,(1) の意味での解放は,典型的には 12~16世紀のフランスで,解放金の納付と引替えに行われた。 (2) の意味での解放はイギリスで 17世紀,フランスで 18世紀末,両国とも市民革命を機として行われた。プロシアでは対ナポレオン戦争敗北を機として行われたが (K.シュタインと K.ハルデンベルクの改革〈1807~21〉) ,不徹底に終り,その後も封建的土地貴族の勢力は温存された。ロシアでは 1861年皇帝アレクサンドル2世によって農奴解放令が出されたが,農民の長期にわたる賦役義務と賠償金支払いを条件としたため,農民の隷属関係はその後も存続した。中国では農奴がいかなる時期に該当するかについて定説がないため,(1) の時期を決定することは困難であるが,(2) の意味での解放は宋・清代にいたる巨大な農民反乱を経て,太平天国の乱 (51~64) で一時成立。しかしその後の軍閥政権下で再び隷農化が進み,全面的な変革は中華人民共和国の誕生による。日本では,労働地代の負担は大名の一円支配成立とともに消滅したが,本格的な地主・小作関係が成立し,隷農体制そのものが解体したのは幕末以降のことである。

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世界大百科事典 第2版の解説

のうどかいほう【農奴解放】

ヨーロッパの封建社会において,領主の支配・隷属下にあった農奴の身分的解放をいう。狭義には人頭税などの人身的支配からの解放をさすが,広義には封建的土地所有の廃止をも含む。西欧では,11世紀以降,人身的支配からの解放すなわち狭義の農奴解放が進んだが,19世紀以降の封建地代の廃止,農民の土地所有権の確認などの広義に属する改革は,ふつう農民解放とよんでこれと区別する。ロシア・東欧では,この二つの解放が19世紀以降に一体となってすすみ,一般に農奴解放とよばれる。

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大辞林 第三版の解説

のうどかいほう【農奴解放】

農奴をその身分から解放して自由農民にすること。封建社会から近代社会への転換期にみられる。

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世界大百科事典内の農奴解放の言及

【東欧】より

… 産業革命と市民革命の時代になって,東欧は再び本格的に世界経済に巻きこまれ,西欧の政治・文化の影響を敏感に受けることとなった。東中欧諸国では,19世紀初めから,西欧への農産物輸出の必要上,農業経営の近代化,とくに農奴解放が改革派(中貴族と一部ブルジョアジー)によって要求されるようになるとともに,彼らを中心に多民族帝国内の諸民族の自覚(ナショナリズム)が高まった。この農奴解放と民族的自治の要求が,48年革命から1860年代にある程度実現されるブルジョア的変革の中心的内容であった。…

【土地改革】より

…この間に土地なしで解放された多くの下層農は,前領主たるユンカーの資本主義的地主経営に安く雇われる労働力となっていった。
【ロシア】
 農民運動が高まるなかクリミア戦争での敗北によってツァーリは農奴主国家体制の改造を余儀なくされるが,〈農奴解放宣言〉(1861)をもって始まるいわゆるロシア農民改革の場合,プロイセンに似た点も多い(農奴解放)。さらに,西欧資本主義諸国の労働運動や1848年革命がロシア支配階級に与えた衝撃は大きく,農民をプロレタリアに転化させまいとする意図が加わった。…

【ルーマニア】より

…管理諸国の間でも利害の対立があり,イギリスとオスマン帝国は両公国の強化を恐れて統一に反対したが,フランス,ロシアは統一を支持した。クザは首相のコガルニチャーヌと組んで64年には農奴解放を含む近代化の諸立法を行ったが,反対派の勢力も強く,66年には退位を余儀なくされた。議会はホーエンツォレルン・ジークマリンゲン家のカール(ルーマニアではカロル1世)を公に迎え,1866年憲法が制定された。…

【ロシア帝国】より

…しかし19世紀初めの大学の増設や官吏任用資格制度導入の提唱などを受けて,ニコライ自身も法律学校などの専門学校を設け,大学,専門学校の卒業生に任用・昇進の優先権を保証した。このため政府機関の中堅官僚の質は急速に改善され,内務省,財務省,司法省の中枢を占めたミリューチンらの改革派官僚が農奴解放を中心とする〈大改革〉の大きな推進力になった。彼らの多くは貴族出身であったが,政府からの給与に大きく依存しており,農奴解放への不満から生じた一部地主の代議制の要望に対しても,専制権力を改革のてことする立場をとった。…

※「農奴解放」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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