広義には地方産業の意味で使用されることもあるが、一般には『中小企業白書』でいう産地産業に近いものをさして地場産業とよんでいる。
地場・産地産業は、産地形成が江戸時代あるいはそれ以前にさかのぼる伝統型地場産業(在来産業ともよばれ、織物、陶器、和紙、漆器、和箪笥(だんす)などが含まれる)と、近代型地場産業(明治・大正期に移植されたメリヤス〈ニット〉、タオル、マッチ、洋傘、玩具(がんぐ)、自転車、タイルなど)に分けられる。いずれも、特定地域に中小零細企業が集中立地しており、生産・販売面で産地固有の社会的分業体制が確立していること、地域独特の「特産品」的消費財を生産し、全国ないし世界にその販売市場を確保していることがその特徴として指摘されている。このうち、全産地数の約4割を占める伝統型地場産業は、「伝統的工芸品産業振興法」(1974年施行)の対象地域とされている。
[殿村晋一・鹿住倫世]
日本の地場産業が明治以来、欧米に比べてより広範な展開をみせた理由は、すでに江戸末期までに多彩な日用品生産の進展がみられたこと、地場にそれを支える原料資源が多様に存在したこと、労働力が豊富であったことなどが考えられるが、なによりも最大の理由は、日本では電力が工業化の初期に実用化され、地場の資力と技術にあわせた日本型の小型機械や単純な道具機が普及し、小工場が簇生(そうせい)したことである。これによって、伝統産業の近代化(たとえば小型織機の普及)や移植産業の土着化(たとえば金属洋食器製造に用いる小型研磨機の普及)が進行し、小資本ないし農家副業を地域的な分業体系に内包する地場産業が、当初からスケール・メリットを必要としない多品種少量生産として欧米よりも広範に展開した。豊富な低賃金労働力がこれに国際競争力を付与し、地場産業の多くが輸出産業として発展し、戦前・戦後を通じて外貨獲得に重要な役割を演じた(製品の輸出比率が20%を超えるものを輸出型地場産業とよぶ)。
地場産業は、いずれも労働集約的性格が強く、地元での雇用の維持・拡大に寄与したが、零細企業が多いことから、国内外への販路確保との関連から、とくに繊維、メリヤス製品、雑貨、木工品、機械器具、金属製品等を中心に、歴史的には、問屋制家内工業、家内労働、問屋制工場制手工業、問屋制工場工業等の形で産地問屋(商業資本)に大幅に依存した。それは、資金、原材料調達、情報収集、商品のデザイン開発にまで及んだ。しかし、地場産業の根強さは、経済環境の激しい変化に産地ぐるみで思いきった転換を行い、これに対応してきたことである。足袋(たび)から被服に転換した行田(ぎょうだ)市、鋳物から産業用機械部品に転換した川口市、木製漆器からプラスチック製漆器に転換した会津若松市、日用陶器から工芸製品に転換した栃木県益子(ましこ)町など、地場産業の事業転換は、いずれも在来技術の延長線に生まれているのである。
[殿村晋一・鹿住倫世]
日本経済の高度成長は、地場産業に大きな影響を与え、また新たな転換を迫ることとなった。労働力不足に伴う低賃金基盤の崩壊と伝統産業における後継者難、新素材の出現、消費構造の変化、さらには海外市場での新興工業国の追い上げなどが、地場産業の経営基盤を大きく揺るがしているだけでなく、オイル・ショック以後の低成長時代への移行が地場産業に新たな課題を提起している。
全国526の産地に関する中小企業庁の調査によれば、地場・産地産業は、中小製造業の事業所の約27%、従業者数の約14%、生産額の約14%を占めていた(『中小企業白書』昭和60年版)が、この地場産業は新たに二重の課題を負わされることとなった。その一つは、国内需要構造の変化、技術革新、情報化の進展、あるいは輸出環境の変化(国際競争力の低下)に対応して、先進国型地場産業に転換を図らねばならないという課題であった。このためには、製品の高級化、高付加価値や新製品の開発(多様化、個性化、ファッション化)を目的とする(1)技術・デザイン開発のための人材確保、(2)生産工程の自動化・省力化と品質管理・生産管理の推進、(3)産地問屋からの離脱=自社による販売・開発・情報収集、などを図ることが必要である。
もう一つの課題は、低成長に移行した素材産業(とくに公害型大企業)にかわって、「地方の時代」(1978年に当時の神奈川県知事長洲一二(ながすかずじ)(1919―1999)が提唱)の経済基盤を拡充するため、先端産業と連関した知識集約型の「地域産業」の振興を図ることであった。昭和30年代なかばに始まり、1979年(昭和54)に当時大分県知事であった平松守彦(ひらまつもりひこ)(1924―2016)が「一村一品運動」を提唱して以来、全国的に本格化した「村おこし・町おこし」の動きに対応して、通商産業省(現、経済産業省)も1984年4月、地域小規模事業活性化推進事業をスタートさせた。
[殿村晋一]
1985年のプラザ合意以降円高が進み、消費財を生産する多くの伝統的地場産業は輸入品に代替され、衰退していった。通商産業省は、1986年「特定地域中小企業対策臨時措置法」を制定し、円高不況による影響の大きかった地域を指定し、事業転換等を促進した。1990年代のバブル崩壊後は、いっそうの中小企業集積の構造変化への対応と活性化を図るため、1992年(平成4)「特定中小企業集積の活性化に関する臨時措置法(集積活性化法)」が制定され、地場産業における中小企業の事業の効率化や新分野進出が促された。1997年には伝統的地場産業だけでなく「ものづくり」を支える基盤技術型の集積も対象に加えられ、「特定産業集積の活性化に関する臨時措置法」が成立、より広く「ものづくり」を支える体制へと転換した。
2000年代以降、長期の不況や少子高齢化による内需縮小を受け、地場産業振興の方向も、事業転換から需要掘り起こし、販路開拓、輸出振興に変更された。2004年(平成16)には地域中小企業が一丸となって地場産品のブランド力の強化・育成を図ることを支援する「JAPAN(ジャパン)ブランド育成支援事業」が創設された。この事業はさらに発展し、2006年には「中小企業地域資源活用促進法」として法制化され、地域資源を活用した新商品開発や販路開拓を幅広く支援する制度となった。
[鹿住倫世]
『山崎充著『地場産業都市構想』(1981・日本経済評論社)』▽『清成忠男著『地域自立への挑戦』(1981・東洋経済新報社)』▽『日本経済新聞社編・刊『「地方」の挑戦』(1983)』▽『中村秀一郎著『挑戦する中小企業』(岩波新書)』
地場産業という言葉は昭和50年代に入ってよく使われるようになり,その具体的な意味内容は使う人によってニュアンスに差がみられる。一般的には,地元資本をベースとする同一業種の中小企業が特定地域に集積しつつ産地を形成し,そこに蓄積された技術,ノウ・ハウなどの経営資源やそこで産出する原材料などを活用して,特産品的な消費財をもっぱら生産し,地域市場はもとより全国や世界の市場に販売するのが地場産業であるといえよう。これら地場産業のだいたい1/3が,江戸時代の各藩の殖産政策や藩専売制などによる歴史をもつものや,あるいはそれ以前に興っているものである。こうした古い歴史をもつものをはじめとする伝統的技法に基づく地場産業の育成・振興を目的として,1974年に〈伝統的工芸品産業振興法〉が施行されている(〈伝統工芸〉の項参照)。
地場産業の代表的な例としては,会津若松漆器産地(福島県),足利絹・人絹織物産地(栃木県),岩槻人形産地(埼玉県),燕金属洋食器産地(新潟県),輪島漆器産地(石川県),豊岡かばん(柳行李から転身)産地(兵庫県),府中家具産地(広島県),有田磁器産地(佐賀県)などがあげられよう。生産額が10億円以上のこうした産地が全国で350~400はあると推測される。1980年〈地場産業の国勢調査〉と呼べる実態調査が各都道府県ごとに行われたが,それによると地場産業は1979年に事業所数35万3000,従業者数343万人,年間生産額35兆0615億円となっている。製造業全体に占める比率は事業所数で47.8%,従業者数で31.6%,生産額で19.0%となっている(ただしこれは広義の地場産業概念による)。地場産業も近年,国内市場の飽和化,中進国の追上げ,労働力不足,後継者難など厳しい環境変化に直面し,環境変化の克服が課題となっている。
なお地場産業とほぼ同義に使われる用語に産地産業,地方産業がある。また伝統工業,在来工業(産業)という呼び方があり,一般に地場産業のうち,ある程度の歴史・伝統を有するものに使われる。
地場産業というほどの規模にはほど遠いが,地方の村や町単位の地域経済活性化運動に〈一村一品運動〉があり,各地に特産品産業が生まれている。1979年11月に大分県知事平松守彦が提唱しているが,こうした運動は昭和30年代半ばころからあり,現在では全国的な広がりをみせている。北海道池田町の十勝ワインなどは全国的に有名である。通産省も84年4月,地域小規模事業活性化推進事業をスタートさせた。
執筆者:山崎 充
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