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中小企業 ちゅうしょうきぎょう small business; small and medium enterprise

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

中小企業
ちゅうしょうきぎょう
small business; small and medium enterprise

生産,販売などを行う資本の単位組織である企業のなかで,その規模が比較的小さいもの。企業規模は通常,資本金あるいは従業員数によって分けられる。日本の場合には,中小企業基本法 (昭和 38年法律 154号) で,中小企業の範囲を工業,鉱業,運送業などでは資本金 5000万円以下,あるいは従業員数 300人以下,商業,サービス業では資本金 1000万円以下,あるいは常時従業員数 50人以下と規定していた。

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朝日新聞掲載「キーワード」の解説

中小企業

製造業では資本金3億円以下または従業員300人以下、小売業では5千万円以下または50人以下の会社などのこと。2009年の国の調査では、全国に約420万社あり、大企業を含めた全企業数の99・7%。従業員数でも66%を占める。

(2013-12-10 朝日新聞 朝刊 2経済)

出典|朝日新聞掲載「キーワード」
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デジタル大辞泉の解説

ちゅうしょう‐きぎょう〔チユウセウキゲフ〕【中小企業】

経営規模が中程度以下の企業。中小企業基本法によると、小売業では資本金5000万円以下、従業員50人以下、サービス業では資本金5000万円以下、従業員100人以下、卸売業では資本金1億円以下、従業員100人以下、工業・鉱業・運送業などでは資本金3億円以下、従業員300人以下の企業をさす。

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百科事典マイペディアの解説

中小企業【ちゅうしょうきぎょう】

相対的に小規模な企業。一義的には定義できないが,中小企業基本法の規定(小売・サービス業では従業員50人以下・資本金1000万円以下,卸売業では100人以下・3000万円以下,製造業等では300人以下・1億円以下の企業)が基準とされる。
→関連項目印刷業下請企業中小企業金融公庫中小企業庁

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世界大百科事典 第2版の解説

ちゅうしょうきぎょう【中小企業】

大企業と区別して中企業と小企業とを一括する用語。小企業に含まれる零細企業については,それを含めることを明確にするため中小零細企業といった表現が使われることがあるし,また場合によっては中小企業から除外して考えることもある。中小企業は,その国々によって名称は違うが,資本主義体制の先進諸国のどの国にも存在し,経済活動のなかで少なからぬ比重を占めている。しかし同じ中以下の規模の企業といっても,その経営形態は国によってかなり違っており,その国の工業化の歴史を反映している。

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大辞林 第三版の解説

ちゅうしょうきぎょう【中小企業】

中規模または小規模の企業。中小企業基本法によれば、製造業・運輸業などでは資本金三億円以下または従業員数が三〇〇人以下、小売り業・サービス業などでは資本金五〇〇〇万円以下または従業員数五〇人以下、卸売業では資本金一億円以下または従業員一〇〇人以下の企業をいう。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

中小企業
ちゅうしょうきぎょう

中小企業の定義には、質的なものと量的なものがある。質的には、ある国のある時期に、大企業に対し中小企業が問題になっているものとして理解する場合のものである。しかし他面、政府の政策その他の必要から量的に区別する必要も生ずるし、その量的区分もその国の経済の発展に応じて変化する。現在の日本では、とくに断らない限り、中小企業基本法(昭和38年法律154号)の定義に基づき、量的に、資本金3億円以下または従業員300人以下の法人企業または従業員300人以下の個人企業を中小企業としている。ただし、卸売業の場合には資本金1億円以下または従業員100人以下、サービス業の場合には資本金5000万円以下または従業員100人以下を、小売業では資本金5000万円以下または従業員50人以下を基準としている。
 また、中小企業のうち従業員20人以下の企業を、とくに「小規模企業」とよぶこともある。ただし、商業またはサービス業での「小規模企業」とは従業員5人以下を基準としている。一般に、4人以下の企業をとくに「零細企業・零細経営」とよぶこともある。ただ、量的基準のみで一律に区別すると、同じ従業員規模でも、たとえば化学工業のような装置産業では大企業に属するものもあるから、業種の性格により区別の基準が移動することもありうる。
 外国の場合は日本と同一ではない。たとえば、アメリカではスモール・ビジネスsmall businessといい、従業員500人以下を中小企業と分類しているが、業種により従業員数や売上高を基準としている。また、「独立して所有されている」「事業分野で支配的でない」といった質的な基準も取り入れられている点は日本と異なる。同様に、ヨーロッパ連合(EU)では従業員数250人未満、年間売上高4000万ユーロ以下、または年次バランスシート(総資産額)2700万ユーロ以下で、他の一つないしは複数の企業に資本または経営権の25%以上を保有されていないことが基準となっている。[三輪芳郎・八幡一秀]

日本の中小企業の地位

2001年(平成13)の日本の非一次産業計(二次、三次産業の計)でみると、中小企業の事業所数は99.2%、うち76.6%を小規模企業が占めて圧倒的である。また、このうち製造業について従業員規模別にみると、1997年で、事業所数で99.0%、従業員数で75.0%、出荷額で50.8%を中小企業が占めている。卸売業でも中小企業比率は1997年で商店数の99.2%、従業員数の83.6%、年間販売額の64.2%で、小売業でも同じく99.2%、83.7%、75.7%である。いずれにしても、数のうえでは中小企業が圧倒的に多い。しかし、1990年以降中小企業は製造業、卸小売業を中心に減少し続けており、とくに10人以下規模の小零細層での減少が著しくなっている。
 製造業のなかで中小企業がとくに高い地位を占めている分野を業種別にみると、第一に、食料品、繊維、衣服その他の繊維製品、木材・木製品、家具・装備品といった軽工業分野、第二に、加工組立て型業種の中間財生産分野で、ここでは中小企業は多くの場合、大企業の下請企業として部品提供を行っており、分業関係にある。このような業種分野の規模別特性は、日本のみの特性ではない。
 また、業種や商品により、技術水準、量産規模、資本装備率、需要の構造その他の特性により、中小企業の独自の分野がかなり存在する。[三輪芳郎・八幡一秀]

第二次世界大戦後の日本の中小企業問題の特質

以上みたように、日本では中小企業が圧倒的な数を占めているが、数が多いことだけが問題なのではない。欧米諸国でもいくぶんの差はあるものの、中小企業の数が多いことに変わりはない。第二次世界大戦後、日本の産業構造は、有沢広巳(ひろみ)がその特質を「日本経済の二重構造」と比喩(ひゆ)的にいった点にある。つまり、一方に、国家資本と結び付いた巨大な独占企業が存在し、他方に、前近代的な遅れた中小企業、農業が存在し、そこに断層があるということである。1955年度(昭和30)の経済企画庁(現内閣府)『経済白書』がこの「二重構造論」を取り上げ、日本経済の近代化のためには、この二重構造の解消こそが最大の課題であるとした。
 この経済の二重構造の端的な表現が、日本における企業規模別賃金格差の異常なまでの大きさであった。事業所規模別1人当り賃金格差(製造業)を日米で比較すると、1955年当時では、それぞれ1000人以上規模の事業所の平均賃金を100%とすると、日本では100~499人規模ですでに65%(アメリカは83%)、10~19人規模では39%(アメリカは74%)という状態であった。しかも、この下に家庭内職や農家の内職が結び付いていたのである。
 賃金格差のみではない。長時間労働、作業環境・設備の劣悪さ、厚生施設の不備、就職の不安定性など、「二重構造」とよぶのにふさわしい状態にあった。まさに日本資本主義の特質であった。[三輪芳郎・八幡一秀]

1960年代までの戦後日本経済の高成長と中小企業の変貌

ところが、日本経済は1955年ごろを基点として、60年代を通じて、世界にもまれな超高度成長を遂げることとなった。この高度成長の過程で、日本の産業構造、また中小企業問題も大きな変容を遂げた。たとえば、規模別賃金格差の日米比較は、1965年には、従業員100~499人規模の事業所までは日米まったく同じの74%、10~19人規模でも日本は56%、アメリカは69%で、まだいくぶんの差はあるものの、それは1955年当時の39対74という、いわば「質的」格差に対し、65年当時には、その日米差は、いわば「量的」なそれにすぎないまでに急変しているのである。
 この要因は、戦後の三大経済民主化政策、すなわち農地改革、労働組合結成の自由、財閥解体と、政治的改革、すなわち民主憲法、とりわけその第9条の軍備放棄という政治経済的枠組みの改革にある。この経済の基本的な枠組みの変革の結果、所得の平準化、企業間競争の活性化、軍需という「親方日の丸」的需要の喪失が、朝鮮特需をばねとし戦後復興期を経た1955年ごろからの高成長を引き出したといえる。すなわち、それは一方における消費革命であり、他方における技術進歩、設備投資の盛行である。
 消費革命の進展は、ラジオ、ミシン、洗濯機、テレビ、冷蔵庫、やがてカラーテレビ、自動車へと大型化した。そこでは、日本で初めて、大量生産方式による機械工業の確立をみて、一品生産方式による設備機械工業とともに機械工業が両脚で立つこととなった。これは、部品の大量生産を必然化し、部品中小企業に至るまで、ラインの労働は単純労働化し、軽労働化し、分業による協業、とくに若年労働力の膨大な吸収をもたらした。この結果、1961年前後を境にして、労働力需給は逆転し、なかんずく若年労働力不足が顕著になり、若年工賃金の上昇をもたらした。この労働力需給の逆転は、日本資本主義約100年の歴史のなかで、まさに画期的なことであった。労働力不足はとくに中小企業に深刻で、中小企業の賃金上昇を余儀なくした。賃金上昇は、当然のこととして労働節約的設備投資を余儀なくし、中小企業の設備近代化の誘因となった。
 さらに、1960年代後半には、以上のことが、中小企業の末端にまで材料革命の浸透をもたらした。いや、技術革新が材料革命という姿をとって、中小企業の末端にまで及んだのである。たとえば、木材、紙にかわりプラスチックが日用品、建材、包装、玩具(がんぐ)などへ急展開したことは、従来の手工業的加工法を、量産的なプラスチック射出成形機やブロー成形(プラスチックの瓶の生産方法)にかえていった。そこでは、従来は問屋資本(前貸資本)が職人を抱えて季節的な少量生産をさせて、買いたたいていたものが、連続的で、単純労働、軽労働による生産方式にかわり、問屋資本(前貸資本)を排除するなどの大きな変化が起こっていった。
 つまり、1960年ごろまでは、技術革新は主として原材料生産を担う大企業中心のそれであった。たとえば鉄鋼、石油化学、電力、合成繊維原料などである。それが、60年代に至ると、材料革命を通じて、技術革新が中小加工企業の末端にまで浸透し始めたのである。中小企業の労働力不足、高賃金化が、労働節約的で量産的で、軽量化、小型化の可能な材料とその加工設備への転換を促進した。
 1960年代の中小企業の変貌(へんぼう)の要因の第一を、前述のように、労働力不足、高賃金化とすれば、第二の要因は日本経済の国際化である。貿易自由化、資本自由化の波は、加工組立て産業での部品企業の近代化を要請すると同時に、他方、開発途上国からの輸入に対し無税または低関税率が適用される特恵関税供与によって、途上国からの追い上げを受ける業種(主として労働集約的な軽工業品や繊維製品など)での近代化が要請されるに至った。
 1960年代までの高成長、市場の拡大は、日本の中小企業のなかに、それまで育たなかった部品専門メーカーや、いわゆる「中堅企業」とよばれる企業群を新たに群生させるに至ったことも特筆に値する。機械工業におけるこれらの変化を軸として、これは他の工業にも及び、また流通過程をも変貌させるに至った。[三輪芳郎・八幡一秀]

1970年代以降の低成長への転化と中小企業

1970年代初頭に、日本経済は、低成長へ転化した。その要因は、第一に、耐久消費財や設備機械や社会資本的なものなどの耐久財のストック(蓄積量)の巨大化、普及の一巡化により、フロー(流れ)の毎年の生産・消費の増加率が急激に鈍化屈折し始めたこと。第二に、円高や石油ショックがこれにオーバーラップしたことである。日本経済の低成長への転化は、また中小企業に新たな変化をもたらした。
 まず賃金格差の推移をみると、1965年ごろを転機として、以後、賃金格差は80%前後で横ばい状態から、むしろやや開きぎみに推移している。しかし、これは、1000人以上規模の大企業に対し、10~99人規模の企業で80%、年間賞与等修正後格差でほぼ70%程度であるから、欧米と比べても格差が大きいとはいえまい。
 つまり、1955年当時の日本の賃金格差はいわば「日本的特質」といえたが、今日の格差は、日本的というより、いわば資本主義経済一般に存在する大企業と中小企業の賃金格差という性格に変わったといえるのではないだろうか。もちろん、格差の内容を、平均ではなく、さらに詳しくみれば多くの格差が存在するし、低成長が長期化・定着化した今日、格差はむしろ形を変えた拡大傾向にあるといえる。
 1973年の石油ショックを契機として、労働力需給はふたたび急転悪化し、中小企業における労働力不足感は急激に衰えた。そのなかで、より低賃金を求めて、企業は女性労働者やパートタイマー労働者への依存を強めている。とくに低成長が、製造業の停滞・後退、第三次産業のみの増大傾向をもたらすなかにあって、この第三次産業での女性、パート、あるいは学生アルバイトの増大が顕著となっている。
 また、平均ではなく、年齢、勤続年数、職種、学歴という属性をそろえてみた標準労働者でみると、30歳なかばまでは賃金の格差はさほどないが、年齢が高くなるほど、職種、学歴に関係なく格差は広がっている。
 労働時間も、労働省(現厚生労働省)「賃金構造基本統計調査」(1983)によると、中小企業の1か月当り所定内実労働時間(製造業、男子、学歴計)は192時間であり、大企業の165時間の1.16倍を示すなど、まだまだ格差は大きかった。その後、格差は縮まり、1999年(平成11)調査では、大企業160時間、中企業166時間、小企業173時間となった。[三輪芳郎・八幡一秀]

1980年代の国際的産業構造調整過程と中小企業

1980年代には、輸出の急増、急激な円高によって競争力を失う中小企業分野がいっそう拡大し、また経常収支の大幅黒字、貿易摩擦の激化は、日本企業の海外現地工場化を促進していた。これらの現象は、部品・資材の現地調達を義務づけられるなどのことを通じて、国内の部品中小企業をいっそう困難に追いやることになる。
 また1980年代は、半導体革命とよばれるマイクロエレクトロニクス(ME)化が進展した。その結果として中小企業の設備近代化に役だつと同時に、大企業が多種中少量生産分野にまで参入可能となった。
 このように、日本経済の低成長の結果、日本の機械工業は内需不振のもと、その生産のほぼなかばを輸出に依存するほど、輸出依存度を高め、日本の全輸出に占める機械製品輸出の割合も7割強に達している。機械輸出額は世界一に達し、これが主因となって、大幅な貿易黒字、したがって円高を招いた。これを決定的にしたのが、1985年の「プラザ合意」である。先進資本主義国による政策協調により、「円高・ドル安」が恒常化した。
 自動車、テレビ、VTRその他の機械大企業は貿易摩擦緩和のため、欧米先進国には大型商品の市場を求めて現地生産工場化を進めると同時に、輸出数量自主規制の名のもとに事実上の国際カルテル化を進め、高価格化で利潤を高めている。他方、ラジオ、ミシン、小型テレビその他の低価格製品は、東南アジア諸国の低賃金を求めて、生産拠点をこれら地域に移している。かくして、国内生産が縮小の方向に向かうならば、関連部品、下請企業の困難は強まる道理である。
 円高は、労働集約的軽工業品の輸出競争力を弱め、また、従来輸出とは関係がなかった多くの中小企業にとっても、外国製品の輸入増大によって市場を奪われる場合が多くなる。
 このように、国際的産業構造調整政策の下で、内需不振と輸出・輸入の両面から、中小企業と大企業との間に新たな矛盾がいっそう激化した。しかし、1987年に始まる「バブル景気」はこれらの矛盾を隠蔽(いんぺい)し空前の好景気が日本経済を包み込むが、ほぼ5年で矛盾の顕在化をみることになった。[三輪芳郎・八幡一秀]

90年代不況と規制緩和政策下における中小企業

1992年(平成4)からバブル崩壊に伴う「90年代不況」が発生し、これまで隠蔽されてきた矛盾が一気に噴き出し始めた。また、95年から日米構造協議に基づいて国内で規制緩和政策推進が本格化し、これまで中小企業分野であった産業にも国内外の大企業が参入しやすい状況を政策的につくりだした。大企業は新規設備をもつ海外生産拠点への量産品・中量品生産の本格的移行と旧来の国内工場を縮小・閉鎖することにより従業員の配置転換を含む大規模な「リストラ」(リストラクチャリング、建て直し)を実施することとなり、その地域の下請中小企業との取引も縮小ないしは打ち切りが当然のように進んだ。「大企業に学べ」と中小企業でもリストラによる人員削減が行われ、各地域で失業者を増大させている。より下層に位置する、小零細企業では倒産・廃業が増加し、「地域の空洞化」が叫ばれるなか、地域経済までもが大きく傾いてきている。
 1990年から3回の緩和政策により骨抜きとなった「大規模小売店舗法」は98年の通常国会において廃止が可決され、スーパーマーケットや専門店チェーンなど大型店の出店ラッシュはとどまるところを知らないばかりか、地域の中小小売業減少を加速させつつある。
 製造業でも納入先大企業の海外移転だけでなく、中小企業の事業転換や海外展開が政策的に推進され、企業城下町地域だけでなく地場産業や都市型工業集積地域でも工場数減少が進み、地域内での生産ネットワーク(地域内分業体制)に歪(ゆが)みが現れてきている。
 1999年に中小企業基本法が改正され、中小企業政策も経営革新・創業・ベンチャー企業への重点的支援政策へと転換しつつある。しかし、中小企業全体を考えるとき、これらの優良中小企業への政策支援だけでは不十分であることは明らかである。
 21世紀の中小企業は、最先端をいくフロント・ランナー型体質へと転換していくことが、国民が中小企業のもつさまざまな機能から出てくる恩恵を享受できることにつながり、豊かな社会づくりへの第一歩となっていくだろう。各地域で進行しつつある中小企業集積の崩壊を食い止め、地域経済・社会の担い手としての中小企業を維持・発展させていくことが重要であるといえる。たとえば、製造業では大企業の下請として、また従来の製品作りからなかなか抜け出せない産地・地場産業の集積を質・量的に回復させることよりは、「新しい」中小零細企業の集積メカニズムを構築することこそが必要と考えられる。もちろん「新しい」集積からつくりだされる製品は豊かな社会を国民に提供するものとなる。[三輪芳郎・八幡一秀]
『藤田敬三・竹内正巳編『中小企業論』(1972・有斐閣) ▽加藤誠一・水野武・小林靖雄編『現代中小企業基礎講座』全5巻(1976~77・同友館) ▽中山金治著『中小企業近代化の理論と政策』(1983・千倉書房) ▽渡辺睦著『日本中小企業の理論と運動』(1991・新日本出版社) ▽吉田敬一著『転機に立つ中小企業』(1996・新評論) ▽黒瀬直宏著『中小企業政策の総括と提言』(1997・同友館) ▽中小商工業研究所編『現代日本の中小商工業――現状と展望編』(1999・新日本出版社) ▽中小商工業研究所編『現代日本の中小商工業――国際比較と政策編』(2000・新日本出版社) ▽渡辺幸男他著『21世紀中小企業論――多様性と可能性を探る』(2001・有斐閣) ▽福島久一著『中小企業の国際比較』(2002・新評論) ▽日本中小企業学会編『21世紀の地域社会活性化と中小企業』(2002・同友館) ▽鎌倉健著『産業集積の地域経済論――中小企業ネットワークと都市再生』(2002・勁草書房) ▽相田利雄他著『新版・現代の中小企業』(2002・創風社) ▽内田勝敏編『グローバル経済と中小企業』(2002・世界思想社) ▽寺岡寛著『中小企業の社会学――もうひとつの日本社会論』(2002・信山社出版) ▽中小企業庁編『中小企業の経営指標』各年版(中小企業診断協会、同友館発売) ▽中小企業庁編『中小企業白書』各年版(大蔵省印刷局/財務省印刷局。2001年版より、ぎょうせい)』

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