坪井杜国(読み)つぼい・とこく

朝日日本歴史人物事典「坪井杜国」の解説

坪井杜国

年:元禄3.3.20(1690.4.28)
生年:生年不詳
江戸前期の俳人。名古屋の人。通称は庄兵衛。御園町の町代を務めた富裕な米穀商。貞享1(1684)年松尾芭蕉に入門するが,翌年空米売買の罪に問われ,名古屋を追放されて保美村(愛知県渥美町)に住んだ。『笈の小文』の旅では芭蕉と行動をともにしている。芭蕉との交情はこまやかで,ふたりの間には特別な関係があったという説もあった。その没後,彼のことを夢に見た芭蕉は「此ものを夢に見ること謂所念夢也」と記している。享年は三十余歳。<参考文献>大礒義雄「坪井杜国」(明治書院『俳句講座』2巻)

(田中善信)

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デジタル版 日本人名大辞典+Plus「坪井杜国」の解説

坪井杜国 つぼい-とこく

?-1690 江戸時代前期の俳人。
尾張(おわり)名古屋の米穀商。松尾芭蕉(ばしょう)の弟子。貞享(じょうきょう)元年芭蕉をむかえて「冬の日」五歌仙興行。翌年空米(くうまい)売買の罪で追放され,三河の保美(ほび)村にすむ。5年芭蕉にしたがい吉野,須磨,明石などをたずねた。元禄3年3月20日死去。通称は庄兵衛。別号に野人,野仁(のひと)。

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精選版 日本国語大辞典「坪井杜国」の解説

つぼい‐とこく【坪井杜国】

江戸前期の俳人。名古屋の米穀商。芭蕉の愛弟子。尾張蕉風開拓者の一人。貞享元年(一六八四)名古屋に芭蕉を迎えて「冬の日」の五歌仙を興行した時のメンバー。また貞享四年、芭蕉の「の小文」の旅に同行。元祿三年(一六九〇)没。

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世界大百科事典内の坪井杜国の言及

【杜国】より

…江戸前期の俳人。姓は坪井,通称は庄兵衛。没したのは30歳余と推測される。名古屋御園町の富裕な米穀商で,町代を務めた。1685年(貞享2)空米(くうまい)売買の罪で御領分追放となり,三河の畠村に隠棲,のち保美村に移った。変名して南喜左衛門と称し,俳号も野仁(野人,の人)と改めた。前年の冬,名古屋連衆と巻いた《冬の日》五歌仙に示された杜国の豊かな詩才を,芭蕉はことに愛した。87年冬再度尾張を訪れた芭蕉は,杜国が三河に隠棲していることを知らされ,ただちに越人(えつじん)を伴って後戻りし,杜国を慰問した。…

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