古代インド以来,威力ある神として崇められたヤクシャ(サンスクリットyakṣa,パーリ語yakkha)が仏教にとり入れられたもの。漢訳仏典では薬叉(やくしや),悦叉,野叉など音写し,捷疾,捷疾鬼,軽疾,勇健などに訳される。仏法を守護する鬼類で羅刹(らせつ)と併称され,また八部衆の一つに数えられる。諸経典によって異なった特色が説かれ,人を畏怖させる異形であったり,人の精気を奪い,または人を食うなどさまざまな性格を兼ね備えた鬼類と考えられていたことが知られる。ヤクシャはベーダが作られた時代(前2000-前500ころ)には早くも守護神として現れ,ヤクシャの女神であるヤクシーは,さらに古い時代から山や樹木の精,あるいは生産力の象徴である地母神として信仰された著名な存在であった。ヤクシーはヤクシニー(薬叱尼,薬廁抳)ともいわれ,樹下に立つ豊かな肉身の美人像として表現され,インド美術を代表する傑作が多い。両者とも仏教の初期から仏教世界に登場し,サーンチーの塔門(前2世紀ころ)やバールフットの欄楯(らんじゆん)(前1世紀ころ)に守門神的な性格の尊像として表現されている。しかし,漢訳仏典により中国や日本に紹介された夜叉は,悪人を食い善人を守護する鬼類とされたり,毘沙門(びしやもん)天の眷属(けんぞく)として忉利(とうり)天において諸天を守るもの,または北方に位置する毘沙門天の眷属であることから衆生の北方を守るものと説かれるなど,守護神としての特色は明瞭に現れている。ことに〈薬師本願経〉には十二夜叉大将すなわち十二神将が,また〈陀羅尼集経〉には十六大薬叉将すなわち般若十六善神が夜叉として説かれている。十二神将も般若十六善神も,中国以東の仏教美術においては中国風に甲冑で武装した武将形に表現される例が多く,守護神という性格を端的に武人の姿に託したことが知られる。なお,日本においては夜叉だけが単独に信仰され造像された例は知られていない。
執筆者:関口 正之
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
サンスクリット語のヤクシャyaka、パーリ語のヤッカyakkhaの音写で、インド古代から知られる半神半鬼。もとは光のように速い者、祀(まつ)られる者を意味し、神聖な超自然的存在とみられたらしい。しばしば悪鬼羅刹(らせつ)とも同一視される。のちに仏教では、クベーラ神(毘沙門天(びしゃもんてん))の従者として、仏法を守護する八部衆(はちぶしゅう)の一つに位置づけられた。人に恩恵を与える寛大さと殺害する凶暴さとをあわせもつ性格から、その信仰には強い祈願と慰撫(いぶ)の儀礼を伴う場合が多い。なお夜叉女(やしゃにょ)(ヤクシニーyakiī)も地母(じぼ)神としての優しさと同時に残忍さをもつといわれている。
[片山一良]
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出典 日外アソシエーツ「動植物名よみかた辞典 普及版」動植物名よみかた辞典 普及版について 情報
…この女神はのちに幼児の保護者となるが,改悛前の恐ろしい姿が鬼という言葉と結びつけられている。《長阿含経》第12〈大会経〉ではヤクシャYakṣa(薬叉,夜叉)が鬼と同類視されている。ヤクシャは森などにいて,善事もなすが,悪事もなす。…
…インドの美術ではコブラまたはコブラを頭につけた人間の姿で表される。(3)夜叉,薬叉(ヤクシャyakṣa) 森の神として福神と鬼神の両面をもつ。夜叉女(ヤクシーyakṣī,ヤクシニーyakṣiṇī)は多く豊満な裸女で表され,毘沙門天の部下とされる。…
※「夜叉」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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