大学論の系譜(読み)だいがくろんのけいふ

大学事典 「大学論の系譜」の解説

大学論の系譜
だいがくろんのけいふ

ヨーロッパ

ヨーロッパの大学通史としてまず,Walter Rüeggの総編集による『A History of the University in Europe』(4vol., Cambridge University Press,1992-2011)をあげることができる。各巻500~700頁台の大部の4巻本で,第1巻が「Universities in the Middle Ages」,第2巻が「Universities in Early Modern Europe (1500-1800)」,第3巻が「Universities in the Nineteenth and Early Twentieth Centuries (1800-1945)」,第4巻が「Universities since 1945」という構成となっている。また各巻は,第1部が「Themes and Patterns」,第2部が「Structures」,第3部が「Students」,第4部が「Learning」という共通した構成で,さらに各部において共通に論じられている内容として,たとえば第2部では「当局との関係」「運営と資源」「教師」など,第3部では「入学」「卒業とキャリア」などが見いだされる。各巻十数章からなり,時代を縦軸,テーマを横軸として,各執筆者を集めて論が展開されている。こうした構成自体が,大学論のあり方の一つの典型を示すことにもなっている。

 クリストフ・シャルル,ジャック・ヴェルジェ著『大学の歴史』およびハンス=ヴェルナー・プラール著『大学制度の社会史』は,よりコンパクトな大学の通史である。前者は「第一部 中世の大学からアンシアン・レジームの大学まで」をヴェルジェが,「第二部 大革命以後」をシャルルが担当し,ヨーロッパだけでなく,19世紀後半以降のアメリカ合衆国や,ごく簡潔にではあるが日本を含む「新興国」にも触れられている。また,原著は1994年にフランスのクセジュ文庫の一冊としてPUFから刊行されているが,とくに現代の部分の展開を加えたものが『Histoire des universités, XIIIe-XXIe siècle』として,2012年にPUFからQuadridge版の一冊として新たに刊行されており,時代別,国別の文献も示されている。一方プラールの著作は,とくに中世以降の近現代についてはドイツに焦点をあてた構成となっている。

 大学は,歴史の中で何度か大きな変容を経てきている。そのいくつかを取り上げるならば,まず大学という制度が成立した中世期について論じた著作として,ジャック・ヴェルジェ著『中世の大学』,ジャック・ル・ゴフ著『中世の知識人―アベラールからエラスムスへ』などがあげられる。この時代の大学については,とりわけ教会権力,世俗権力との関係が重要である。次に近代国家が確立してくる19世紀末以降について,コンラート・ヤーラオシュ編『高等教育の変貌1860-1930―拡張・多様化・機会開放・専門職化』ではイギリス,ドイツ,ロシア,アメリカ合衆国の4ヵ国に限定するとともに,拡張,多様化,機会の開放,専門職化という四つの相互に重なりあう論点を設定することで,各国に共通する変化の動態と個々の国ごとの特性の双方に焦点を合わせた比較史的な考察が行われている。F.K. リンガーの『読書人の没落―世紀末から第三帝国までのドイツ知識人』と『知の歴史社会学―フランスとドイツにおける教養1890-1920』,クリストフ・シャルル著『〈知識人〉の誕生―1880-1900』は,ドイツおよびフランスにおける19世紀末前後の大学および社会の状況や変化を論じている。

 1960年代末には世界各国で大学紛争が起こり,またこの時期以降,大学のさらなる大衆化も進んでいった。1973年にマーチン・トロウ,M.が進学率を基準に提示した,エリート段階,マス段階,ユニバーサル段階という高等教育の特性の区分(『高学歴社会の大学』)は,半世紀を経た今日の状況を理解する上でも有効である。

 大学の歴史はいくども深刻な断絶に見舞われてきたにもかかわらず,西洋文化の,そして今日では世界の文化の歴史を決定してしまうほど重要な位置を占めており,大学の歴史を知ることによってこそ,過去から相続してきた知的遺産について,社会の機能について,文化モデルと知の伝播について理解を深めることができる(シャルル,ヴェルジェ前掲書)。したがって,大学を論じることは西洋文化そのものを論じることにもつながる。こうした観点からも,西洋においては中世以来の伝統のなかで,社会との関わりの視点を持ちながら歴史学,教育学,社会学をはじめとする幅広い分野において,大学についての論が展開されてきている。
著者: 白鳥義彦

[日本]

大学は西欧において12世紀頃に誕生したが,社会変動や宗教改革などによって多様に変化を遂げ現代に至っている。クラーク・カーは,大学は社会を逃れて存在しないという。大学と学問そして社会との関係を論ずることを大学論ということができる。

 渡辺崋山は蘭学研究を通して『外国事情書』を著し,「大学校(ユニフルシテイテン)」について書いた。明治維新後,日本が近代国家のデザインの模範としたのは主として当時のドイツであったため,大学の設立にはドイツの大学が大きく参酌された。「学制」期の1877年(明治10),東京開成学校と東京医学校を合併し東京大学が創設されたが,加藤弘之は中世の大学あるいはドイツ大学のように4学部体制が整ったことで大学としての存立要件が満たされたと考えた。のちに初代の東京大学綜理となった加藤はブルンチュリーの『国法汎論』を翻訳しており,大学とは何かについて知悉していた。明治憲法制定期にはスタイン,グナイスト,ロエスレルなどドイツ大学モデルのいわば翻訳大学論が影響を与えた。

 自由主義的な傾向をもつ教育令期以降,私立学校が叢生したが,アメリカ合衆国の大学からの影響もみられる。帝国大学令は,大学をして教育と研究のための機関としてうたい,大学院をその基本的な構成に組み込んだ。国家の「須要」に応じる大学という条文は,この時代の大学と社会との緊密な関係をよく物語っているが,同時に世界に向けての大学設立宣言でもあった。京都帝国大学の高根義人は1902年に『大学制度管見』を書き,ドイツ大学に学んだ実際的で傑出した大学論となった。東京帝国大学が学生数や教員数ですでに世界的な大学と肩を並べ,また大学院生の数は448名と記している。翌年,『東西両京の大学』が斬馬剣禅という筆名で『読売新聞』に連載され,東京と京都の帝国大学間の相克を両法科大学の内部から描き,国家に著しく紐帯した東の帝大に対して西の帝大がいかに不利な戦いを闘ったかを描き,大学と国家の関係への激しい批判を展開した。同書は潮木守一によってひろく紹介された。戦中1943年(昭和18)の大久保利謙『日本の大学』は,国家が創設した大学を古代まで遡って論究し,戦前期における最後の研究書であり史的な大学論となった。

 戦後,新しい社会の形成と大学制度の改革のなかで,1962年,家永三郎は『大学の自由の歴史』を書き,大学管理制度と大学の自治,大学の使命と学問の自由について検証し,学生の存在を欠いた大学論などを批判した。1965年,アメリカで学んだ永井道雄は『日本の大学―産業社会にはたす役割』を著して新しい大学像を示し,寺﨑昌男は68年にはじまった大学紛争に触発され,70年に『戦後の大学論』を編集した。本格的な大学論が生まれたのは大正末期から昭和初期において学問研究の自由が深刻な危機に立ってからであると指摘し,戦後の有力新聞社による大学告発,矢内原忠雄,南原繁などの大学使命論や理念論などを取り上げ,上原専禄や大学基準協会による教養教育の問題,羽仁五郎や日教組などの大学の自由と自治論などを収載した。

 戦後の団塊の世代による世界的な大学紛争の時代には,学生をはじめ数多くの大学批判論が発表され,やがて大学関係諸団体などによって,より実際的で処方箋的な大学論が発表された。ドイツ大学モデルの理念的大学論は,より実際的で多様なアメリカ的大学論へと変わり,大学論もまたより精緻な大学研究へと移った。天野郁夫は,2009年(平成21)に『大学の誕生(上・下)』を,13年に『高等教育の時代(上・下)』を著し,日本の大学と高等教育の全体像を明らかにしたが,私立大学を含め多様な大学の設立様態や機能があったことを示している。
著者: 羽田積男

[ヨーロッパ]◎Walter Rüegg(ed.), A History of the University in Europe, 4vol., Cambridge University Press, 1992-2011.

参考文献: クリストフ・シャルル,ジャック・ヴェルジェ著,岡山茂,谷口清彦訳『大学の歴史』白水社,2009(原著1994).

参考文献: ハンス=ヴェルナー・プラール著,山本尤訳『大学制度の社会史』法政大学出版局,1988(新装版2015).

参考文献: ジャック・ヴェルジェ著,大高順雄訳『中世の大学』みすず書房,1979(原著1973).

参考文献: ジャック・ル・ゴフ著,柏木英彦,三上朝造訳『中世の知識人―アベラールからエラスムスへ』岩波新書,1977(原著1957).

参考文献: コンラート・ヤーラオシュ編,望田幸男,安原義仁,橋本伸也監訳『高等教育の変貌1860-1930―拡張・多様化・機会開放・専門職化』昭和堂,2000(原著1983).

参考文献: F.K. リンガー著,西村稔訳『読書人の没落―世紀末から第三帝国までのドイツ知識人』名古屋大学出版会,1991(原著1969).

参考文献: F.K. リンガー著,筒井清忠ほか訳『知の歴史社会学―フランスとドイツにおける教養1890-1920』名古屋大学出版会,1996(原著1992).

参考文献: クリストフ・シャルル著,白鳥義彦訳『〈知識人〉の誕生―1880-1900』藤原書店,2006(原著1990).

参考文献: マーチン・トロウ著,天野郁夫,喜多村和之訳『高学歴社会の大学―エリートからマスへ』東京大学出版会,1976.

[日本]◎潮木守一『フンボルト理念の終焉?―現代大学の新次元』東信堂,2008.

参考文献: 吉見俊哉『大学とは何か』岩波新書,2011.

出典 平凡社「大学事典」大学事典について 情報

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