日本大百科全書(ニッポニカ) 「大環状化合物」の意味・わかりやすい解説
大環状化合物
だいかんじょうかごうぶつ
large ring compound
macrocyclic compound
炭素原子が大きな環を形成している化合物の総称で、一般には12員環以上のものをいう。広義では、炭素原子以外の酸素原子、窒素原子などを含む大環状構造をもつ化合物も大環状化合物の仲間に入れる。1926年スイスのL・S・ルジーチカ(ルチッカ)により、高価な香料であるじゃ香の香気成分が15員環ケトンのムスコンや17員環をもつチベトンであることが明らかにされてから、大環状化合物が注目されるようになった( )。その後、炭素数が9~30の一連の環状ケトンの研究が行われた。中環状(8~11員環)ケトンでは立体構造が込み合うので不安定化を生じ、合成が困難になるうえ、ケトンの反応にも異常性がみられた。これに対し、12員環以上の大環状ケトンでは立体構造の込み合いがなくなる。
一般的合成法としては、長鎖状化合物の両端にカルボン酸エステル基やシアノ基を導入し、塩基により縮合・閉環を行わせる方法がとられる( )。この合成法は、反応物を十分に薄めて、分子間での縮合の機会を抑え、分子内で環化するようにくふうされている。この方法を高度希釈法という。じゃ香の代用として珍重されているシクロペンタデカノンなどもこの方法により合成された。
ケトン以外で大環状化合物として注目されているものに、マクロライド、クラウンエーテルなどの環内に酸素を含む化合物がある( )。マクロライドは、大環状ラクトン構造をもつ化合物の総称で、多くの抗生物質がこれに属する。これらの抗生物質は、多くの不斉(ふせい)炭素原子をもっているので、合成は困難と考えられていたが、精密合成化学の進歩により、多くのマクロライド化合物が合成されている。
クラウンエーテルは、大環状のポリエーテルで、18員環の[18]クラウン-6がその代表である。特定の金属イオンをその環内に取り込み、相手の陰イオンを「裸のイオン」の形で反応に関与させうるので、合成反応の触媒、金属イオンの抽出などで広い応用分野をもつ。
ベンゼン環だけでなくもっと大きい環状ポリエンも芳香族の性質をもつことが知られて以来、芳香族化合物として興味がもたれているのがアヌレン類である。アヌレンは、 にその例を示したような環状の共役二重結合系をもつ化合物であり、系がもっているπ(パイ)電子の総数が4n+2個の場合には芳香族性、4nの場合には反芳香族性をもつ。アヌレンの芳香族性はヒュッケル則により理論的に予測されていて、[18]アヌレンなど多くの大環状アヌレン類が理論的興味から合成されている。日本においては、大阪大学の中川正澄(まさずみ)(1916―2004)による大環状アセチレンの研究が有名である。
[向井利夫・廣田 穰]