日本大百科全書(ニッポニカ) 「天父神」の意味・わかりやすい解説
天父神
てんぷしん
蒼天(そうてん)を人格化した男神。風、雨、雷電などをもたらし、地上の生命の育成者として尊崇されるが、往々にしてあらゆる神々の支配者とされ、創造神としての機能をもつ。天上を住居とし、万物の支配者とされることから、地上の王権の根源がこの神に帰せられることも多い。その信仰は古代アーリア人に強く、ギリシアのウラノスやゼウス、北欧のトール、インドのバルナなどがこの系統と考えられているが、バビロンのアヌ、ヘブライのヤーウェ、中国の玉皇(ぎょくこう)上帝なども一種の天父神である。また、父権的家族制や遊牧民社会などとの結び付きも説かれているが、そうした信仰はマレー半島のセマン人や、アンダマン諸島やオーストラリアの先住民などにおいてもみられ、そこでは一般に「全父」All fatherと名づけられ、人間および万物の父であると同時に保護者とされる。たとえば、オーストラリアのバイアメやダラムルン、ブンジルなどの創造神もそうした全父であり、彼らは天上に住んで雷電を声とし、あらゆる生命の管理者とされる。
古典世界におけるゼウスやアヌ、ヤーウェなどの原像をこの「全父」に求める説も有力で、この信仰はユダヤ教、イスラム教の一神教的思想を発達させる契機ともなった。またこの天父神はしばしば農耕民族の地母神と結び付き、天父と地母の夫婦神という観念になっている。
[松前 健]
『宇野円空著『マライシアに於ける稲米儀礼――母祖神と月日及び天地の神』(1943・日光書院)』