内科学 第10版 の解説
妊娠自体と関連する肝疾患(妊娠と肝障害)
a.妊娠悪阻(hyperemesis gravidarum)
妊娠前期(妊娠4〜10週)に,妊娠悪阻による持続する強い悪心・嘔吐とともにAST・ALTの上昇を認める病態で,黄疸の出現はまれである.補液による脱水の改善や栄養状態の改善でAST・ALTは改善する.
b.妊娠性肝内胆汁うっ滞(intrahepatic cholestasis of pregnancy)
概念
妊娠後期に出現する肝内胆汁うっ滞で,瘙痒感と黄疸で発症し,妊娠終了後は速やかに軽快する予後良好な疾患である.欧米に比べて,わが国ではまれである.
病因
本症は毛細胆管膜での胆汁輸送の異常で,その原因として遺伝的素因や女性ホルモンがあげられている.家族内発症例では毛細胆管膜に存在するmultidrug resistance protein 3 (MDR3)の遺伝子変異との関連が認められている.
臨床症状
妊娠後期(妊娠25〜32週)に強い瘙痒感で発症し,その2〜4週後に黄疸が出現する.瘙痒感は夜間に著しいことが多い.一般に全身状態は良好である.
検査成績
総胆汁酸の上昇は特徴的である.直接型優位のビリルビン上昇を認めるが,その上昇は5 mg/dL程度にとどまる.ALPは上昇するが,γ-GTPは正常であることが多い.AST・ALTは軽度から正常上限の20倍までとさまざまである.肝組織では胆汁うっ滞が主病変で,炎症細胞浸潤や肝細胞壊死は認めない.
診断
特徴的な臨床症状および検査成績から診断は容易である.はじめての妊娠の場合には,閉塞性黄疸を否定するとともに,急性ウイルス性肝炎,胆石・胆管炎,胆汁うっ滞型薬物性肝障害などを鑑別する.
治療
瘙痒感や黄疸は分娩時まで持続し,分娩後1〜2週間で消失する.特別な治療は必要とせず予後は良好であるが,瘙痒と胆汁うっ滞に対してウルソデオキシコール酸(10〜15 mg/kg体重/日)が有用であり,胎児への影響も問題ない.
c.妊娠高血圧症候群に関連した肝障害
妊娠後期に高血圧,蛋白尿を主体とする疾患を「妊娠中毒症(toxemia of pregnancy, gestational toxicosis )」とよんでいたが,2005年日本産科婦人科学会により「妊娠高血圧症候群(pregnancy-induced hypertension)」に名称が変更された.本病態の主因は血管攣縮であり,腎血流低下で「子癇前症(pre-eclampsia)」(現在は「妊娠高血圧腎症」に変更),脳血管攣縮で「子癇(eclampsia)」が発症する.一方,肝臓での病変としては,「妊娠中毒症肝障害」,「HELLP症候群」,「妊娠性急性脂肪肝」が知られている.
ⅰ)妊娠中毒症肝障害
肝障害は通常子癇前症,子癇を発症している患者で認められる.右上腹部痛,悪心・嘔吐で発症し,AST・ALTの上昇を認める.黄疸はまれである.AST・ALTは正常上限の10倍以上にまで上昇することがある.ビリルビン値は5 mg/dLをこえることはなく,肝不全に陥ることは通常ない.肝組織では類洞へのフィブリン沈着を認める.肝障害は分娩後2週間以内に改善する.
ⅱ )HELLP症候群
(hemolysis, elevated liver enzymes and low platelet syndrome)(表9-19-2)
概念
妊娠後期や産褥期に,溶血(hemolysis),肝機能障害(elevated liver enzymes),血小板減少(low platelet count)をきたす病態である.周産期死亡率11%,妊産婦死亡率1〜25%とされている.
臨床症状
妊娠後期(妊娠27〜36週)や産褥期に,悪心・嘔吐,右季肋部痛や心窩部痛で発症する.高血圧,蛋白尿をしばしば認める.
検査成績
間接型優位のビリルビン上昇,LDH上昇などの溶血性貧血の所見や,AST・ALTの上昇,血小板減少が認められる.肝組織は妊娠中毒症肝障害と同じで,類洞へのフィブリン沈着を認める.
診断
妊娠後期に溶血,肝機能障害,血小板減少を認めた場合,本症を念頭に診断を進める.急性ウイルス性肝炎,血栓性血小板減少性紫斑病や溶血性尿毒症症候群との鑑別が必要である.妊娠中毒症の患者で,悪心・嘔吐,急激な腹痛出現,ショック状態を認めた場合,肝梗塞(hepatic infarction)や肝破裂(hepatic rupture)を考慮する.この場合肝皮膜下に血腫(hepatic hematoma)を形成することがある.
治療
早期の帝王切開による出産と抗DIC療法を行う.
ⅲ)
妊娠性急性脂肪肝(acute fatty liver of pregnancy)(表9-19-2)
概念
妊娠後期に発症し,数日で黄疸の発現とともに急性肝不全となるまれな疾患である.肝細胞の小脂肪滴沈着(microvesicular fatty infiltration)を認める.周産期死亡率9〜23%,妊産婦死亡率7〜18%とされている.
病因
その詳細は不明であるが,ミトコンドリアの機能障害が考えられている.
臨床症状
妊娠後期(28〜40週)に悪心・嘔吐,上腹部痛などの症状とともに黄疸が出現する.重症例では,意識障害,腎不全,膵炎,DIC,肺梗塞などを併発する.
検査成績
著明な白血球増加2万/μL以上,AST・ALT上昇300〜500 IU/L,ビリルビン増加5〜10 mg/dLを認める.プロトロンビン時間の延長を認める.尿酸,BUN,クレアチニンが上昇する.低血糖をしばしば認める.DICを合併すると血小板数減少,AT-Ⅲやフィブリノゲンの低下を認める.肝組織像では正常の小葉構造が保たれているが,小葉中心性に微小な脂肪滴を細胞質内に多数認める.
診断
妊娠後期に消化器症状,腎症状を呈した場合には,本症を念頭におき診断を進める.
治療
入院の上注意深い経過観察により確定診断後,速やかに帝王切開あるいは妊娠中絶により,妊娠を終了させる.分娩後もしばらく集中治療管理を継続する.[村脇義和]
■文献
Bacq Y: Liver diseases unique to pregnancy: A 2010 update. Clin Res Hepatol Gastroenterol, 35: 182-193, 2011.
Hay JE: Liver disease in pregnancy. Hepatology, 47: 1067-1076, 2008.
Joshi D, James A, et al: Liver disease in pregnancy. Lancet, 375: 594-605, 2010.
出典 内科学 第10版内科学 第10版について 情報