改訂新版 世界大百科事典 「妻訪い」の意味・わかりやすい解説
妻訪い (つまどい)
夫妻が同居せず妻方の婚舎(こんしや)に夫が通うこと。妻訪いによる婚姻には,終生夫妻不同居で妻訪いをおこなうものと,婚姻初期に一時的に妻訪いをおこない,後に妻が夫方に引き移り同居するものとがある。かつて岐阜県白川村の大家族制において,長男以外の男子が生涯妻訪いを続けたという特殊例はあったが(1920年代に消滅),日本の現行民俗のほとんどは後者の一時的妻訪婚としての妻訪いで,伊豆諸島,志摩地方,瀬戸内海沿岸,九州西方離島,南西諸島の諸地域に広く存在した。これらの地域では親の婚姻承認儀礼がおこなわれると,夫は妻訪いして実質的婚姻関係が開始され,数ヵ月から数年におよぶ妻訪い期間を経てから妻は夫方に引き移るので,その間に子の出生をみることも多く,その養育は妻方で負担するのが一般であった。引移り時期は,子の出生によることが多いが,海女や魚の行商のおこなわれる漁村では女性の労働力が重視されるため,生家の経済状態も考慮された。伊豆諸島ではこの引移りは,夫方の世帯譲渡がおこなわれるのと同時期で,この際夫の両親は隠居した。〈女のよばい〉といわれて,妻が夫方婚舎に一時的に通う地域もあった。
他方,妻訪いは求婚の意味ももち,これと同意の語によばいがある。現在よばいは猥雑な行為とみられているが,かつては婚前交渉としてよばいがあり,それは配偶者選択のために社会的にみとめられた,一定の規律をもった制度であった。このようなよばいや妻訪い,およびそれにつながる妻訪婚は地域内婚制を背景とし,男女の自主的求愛が重視されるため仲人の役割はよわく,若者たちの関与が大きい。日本古代の婚姻は妻訪婚と考えられているが,この妻訪いが終生のものか一時的なものか議論が分かれる。このような議論は,よばいを乱婚や集団婚の論拠とするのと同様に,古典的なアメリカのL.H.モーガン(1818-81)の人類社会の単系的進化学説(現在では支持されていない)の影響のもとに,原始日本に母系制の存在を考えようとする試みと思われる。
→婚姻
執筆者:植松 明石
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報