改訂新版 世界大百科事典 「母系制」の意味・わかりやすい解説
母系制 (ぼけいせい)
matriliny
狭義には母系出自のもつ規制をいう。すなわち集団の成員権が母親を通じて代々子供に伝えられていく出自の規制をいい,このような規制にもとづく集団を〈母系出自集団matrilineal descent group〉と称している。自分が所属するところの母系出自集団の成員を図示すれば,図のようになる。自分(EGO)とおなじ出自集団の成員は,図中黒印で示された者たちであり,自分(EGO)の母親(印)を通じて関係づけられた者たちである。ただし成員権はかならず女性(印)を通じて伝えられるので,母方親族でも男性(印)の子供は自分(EGO)とおなじ出自集団の成員とはなりえない。また母親を通じて伝えられた成員権は,兄弟姉妹のあいだでは異なることはない。すなわち母方親族は,母親を通じて関係づけられる血族のすべてを含むが,母系出自集団の成員は自分(EGO)より上位世代の女性を通じてのみ関係づけられるということである。このようにして,母系出自集団の成員は,さらに図中矢印の方向へと関係を拡大しうる。統計析出方法に問題はあるが,アメリカ人類学者G.P.マードックの統計にしたがえば,母系出自を採用している社会は調査された563社会のうち84社会である。母系出自規制にもとづく集団は,組織された単位やレベルに応じて,〈母系家族〉〈母系親族〉〈母系リネージ〉〈母系氏族〉などと称される。
〈母系制〉という概念はまた広義にも用いられることがあり,それは出自の母系性matrilinealityを含むだけでなく,母系相続,母系継承,母方居住,母族の権威等々の諸規制をも随伴するような諸規制の集合を意味するよう用いられ,母系制の〈理念型〉とされてきた。しかし出自規制が他の諸規制と相関するかいなかは,統計上の問題であり(〈父系制〉の項参照),また個別社会の事例に照らして考えねばならないことである。
〈母系制〉の問題で100年来議論の多かったのは,母族すなわち母系出自成員の公的権威の問題であった。女性が社会の公的権威を掌握し,男性を支配するという権力形態である〈母権制〉が,〈父権制〉に先行する古代社会の一般的社会形態であったという説は,母系制社会にさえみられないということで否定されつづけてきた。母系制社会においても公的権威は男性が掌握していること,母系制を採用している社会は,人口支持力のある定住農耕民社会にかなり集中してみとめられることなどが,〈母系制〉は〈母権制〉ではなく,かつ古代社会の形態とはいちがいにいえないことの根拠となってきた。〈母系制〉は〈母権制〉ではなく,J.J.バッハオーフェンらの唱えた〈母権制〉は存在しないということは,今日文化人類学上の定説となっている。しかし今日〈母権制〉とは言わないまでも,母系制社会における女性の公的権威がないわけでも弱いわけでもなく,女性が経済的役割の中心を占めていたり,首長の任命権などをもつなど,男性とはちがったきわめて強い公的権威をもつ社会があり,女性の公的権威については今後再考が加えられ,議論が今後におよぶ余地はけっして少なくはない。
→出自
執筆者:渡辺 欣雄
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報