日本大百科全書(ニッポニカ) 「子育て幽霊」の意味・わかりやすい解説
子育て幽霊
こそだてゆうれい
昔話。死んだ女から赤子が生まれたことを主題にする異常誕生譚(たん)の一つ。身ごもった女が死に、そのまま墓に葬られる。飴(あめ)屋に毎晩若い女が飴を買いにくる。店の者があとをつけると、墓地で消える。墓の中で赤子の泣き声がするので掘ってみると、棺の中の若い女の死体のそばに赤子がいる。赤子は救い出される。各地に伝説として伝えられ、江戸時代の文献にも数多くみえる。曹洞(そうとう)宗の高僧、通幻寂霊(つうげんじゃくれい)の生い立ちの物語として広く知られているが、他の僧の伝記になっている場合もある。古くは仏教経典にあって漢訳され、類話は中国、インド、トルコなどに分布する。おそらく、経典などを介し、僧の知識として日本に伝来し、僧、とくに曹洞宗の僧の唱導により広まったものであろう。日本には、女が身ごもったまま死ぬと、墓の中で生んだ赤子を連れて、母が幽霊になって現れるという「産女(うぶめ)」の信仰があり、すでに平安後期の『今昔(こんじゃく)物語集』にもみえている。「子育て幽霊」は、産女の信仰を土台に日本の社会に定着し、妊婦が死ねば身二つにして葬る習俗の由来譚の形をとっている例もあるが、中国では宋(そう)代の『異苑(いえん)』に、これと同じ信仰と習俗が記されており、産女の宗教観自体、中国文化の影響を受けているらしい。
この昔話の変型として、死んだ女が幽霊になって現れて結婚し、この世に子供を残す「幽霊女房」の話もある。やはり通幻寂霊の物語で、岩手県奥州(おうしゅう)市水沢(みずさわ)区黒石町の正法(しょうぼう)寺の由来に結び付き、語り物として語られていた。昭和10年代まで岩手県に残っていたチョンガレの「扇屋お鶴(つる)正法寺開山記」もその一例で、『正法寺由来記』『通幻禅師開山記』などの写本は、そうした語り物の筆記本のたぐいらしい。講談本の『扇屋怪談』(1890)もこの物語の筆録である。「幽霊女房」の類話は東アジアやヨーロッパにも知られている。
[小島瓔]