大学事典 「学位と専門職団体」の解説
学位と専門職団体
がくいとせんもんしょくだんたい
学位と専門職団体の関係は多様である。しばしば学位とは別に職業資格があり,それを付与するのが専門職団体や国家である。しかし,学位が職業資格として実質的に機能する場合もあるし,さらに専門職団体がアクレディテーション(適格認定)を通じて学位に直接に影響を与える場合もある。
[歴史]
歴史的には,学位はもともと教授資格であり,専門職集団である教授ギルドが独占する職業資格であった。さらに中世大学では神学部,法学部,医学部の卒業生は聖職者,法曹関係者,医師といった伝統的な専門職に就くことから,その主要な役割は教師養成から専門職養成へと変化した。当然,大学の外部に教師以外の専門職集団が形成され,専門職養成や資格付与機能が発生する余地があった。たとえば医学部は,当初は医学教育を行う教師の組合であると同時に医師組合でもあり,学位授与のみならず開業や医業統制を行っていたが,14世紀以降に大学外部に医師組合が出現すると,医師組合による資格試験が行われ,開業認可権と医業統制は医師組合に奪われた。その後18世紀までに大学の専門職養成は形骸化し,抽象的で実用的ではなく,専門的技術の実践のための準備とならなかったため,徒弟制度や大学以外の学校に取って代わられた。
こうして学位は職業資格や専門職団体との距離を広げたが,さらに18世紀以降ヨーロッパでは国家主導の専門職の職業資格化が進み,国家官僚,大学教授,聖職者,医師,弁護士等の専門職で,大学教育と国家試験を経て職業資格が授与される仕組みができ,19世紀には伝統的な専門職だけでなく,技術者やビジネスマン等の新たな専門職も国家資格化が進む。この結果,大学は近代的資格制度の一翼を担うという点で資格付与権の一部を取り戻したとはいえるものの,職業資格付与の主導権は国家に奪われ,教育資格である学位の授与にその役割が限定されるようになった。同時に国家が前面に出たことで,学位に対する専門職団体の影響は間接的なものとなった。
[アングロ・サクソンの固有性]
ただし,ヨーロッパでも国によって違いがあり,国家が主導権を握る大陸の国々と違って,イギリスでは専門職集団が強く,専門職団体に職業資格の統制が委ねられる傾向があり,職業資格付与権を与えられた専門職団体もあり,専門職団体が大学の専門職養成プログラムのアクレディテーションを行う場合もある。このイギリス以上に専門職団体と大学との距離が近く,アクレディテーション制度が発達したのはアメリカ合衆国であった。アメリカでも国家が強力な統制を行わなかったため,職業資格の統制は専門職団体に任された。しかし,イギリスと違って専門職の権威が低く,組織化が遅れた専門職集団(神学を除く)は,大学から職業資格付与の権限を奪うどころか,大学をよりどころとして専門職の水準と地位向上を図る道を選んだ。
アメリカでは19世紀までカレッジ教育(アメリカ)が主流で,専門職養成がほとんど行われず,徒弟制度やその派生形態である私設学校での専門職養成の水準には問題が多く,評判も悪かった。このため専門職集団は大学にその場を得ると,教育内容の改善や水準の向上のための改革を通じて専門職としての体裁を整えていった。さらにカレッジがユニバーシティ化していく,つまり大学院が形成されていくなかで,一部の専門職養成はほかとの差別化を図るために,カレッジ卒業を入学要件とするようになり,教育内容を大学院レベルへとシフトさせた。このプロセスの中で,大学のプロフェッショナル・スクール(アメリカ)と専門職団体との協働によって,大学の学位プログラムに対する,専門職団体によるアクレディテーションが始まった。たとえば1878年創設の全米法曹協会(American Bar Association: ABA),1847年創設のアメリカ医学協会(American Medical Association)によるアクレディテーション制度が確立するのは1920年ごろである。
アクレディテーションには,機関認定を行う機関アクレディテーションと,専門職学位プログラム認定を行うプログラム・アクレディテーションがあり,専門職団体が行うのは後者である。連邦教育省(アメリカ)あるいは高等教育適格認定協議会(アメリカ)(Council for Higher Education Accreditation: CHEA)が認定するプログラム・アクレディテーション団体は70以上ある。たとえば,全米法曹協会(ABA)で認定された法律スクールで3年程度の学修を要するJ.D.(Doctor of Jurisprudence)を取得すると,各州で実施される司法試験の受験資格を得ることができる。J.D. はアメリカで弁護士等法曹関係の専門職に入職するための実質的な最低要件となっている。こうした専門職団体によるプログラム・アクレディテーションは専門職分野の学位プログラムが対象であり,人文社会科学,自然科学等の文理学分野(リベラルアーツ専門分野)は対象としない。また心理学でPh.D. プログラムを認定する専門職団体もあるが,一般にPh.D. 等の研究学位には専門職団体によるアクレディテーションはない。
著者: 阿曽沼明裕
参考文献: 阿曽沼明裕『アメリカ研究大学の大学院―多様性の基盤を探る』名古屋大学出版会,2014.
参考文献: 大学評価・学位授与機構編『学位と大学―イギリス・フランス・ドイツ・アメリカ・日本の比較研究報告』,2010.
参考文献: 児玉善仁『イタリアの中世大学―その成立と変容』名古屋大学出版会,2007.
参考文献: 望田幸男編『近代ドイツ=「資格社会」の制度と機能』名古屋大学出版会,1995.
参考文献: コンラート・ヤーラオシュ編著,望田幸男,安原義仁,橋本伸也監訳『高等教育の変貌1860-1930―拡張・多様化・機会開放・専門職化』昭和堂,2000(原書1983).
出典 平凡社「大学事典」大学事典について 情報