学生文化(読み)がくせいぶんか(英語表記)students' culture

大学事典 「学生文化」の解説

学生文化
がくせいぶんか
students' culture

本格的な大学が誕生したとされる中世ヨーロッパの時代から,学生たちはエリートとして独自の社会的性格を負わされてきた。国家や一般の社会から自立し,学問の自由や自治の文化を担ってきた学生たちは,他の社会階層とは異なる独自の文化を生み出してきたのである。とくにボローニャ,パリ,ケンブリッジオックスフォードなど,古くから大学のある都市には,しばしば学生の自発的な活動に基づく独自の学生文化が発達してきた。近代日本社会においても,学生文化は独特なものをもっている。たとえば,教養主義文化はその典型例だろう。明治,大正期から昭和に至る時代を通じ,おもに西欧文化の受容を軸に読書を通じた人格形成と知的成熟を目指した学生たちは,独自の知的文化を形成していた。

 学生の理想主義的傾向は,そのエリート的立場をもった社会認識と連動しつつ,貧しい人々,虐げられた人々への奉仕の精神とともに,しばしば社会改革という課題と結びついてきた。近代日本の学生文化とマルクス主義や社会主義思想との結合は,その代表的な事例だろう。他方,俗世間からの離脱という学生の意識は,世間的な常識の否定や世俗的生活からの離脱の傾向をもつことも多かった。旧制高校生の間に広がった,ぼろぼろの衣服に破れた帽子という「弊衣破帽」の蛮カラ文化や,デカルトカントショーペンハウエルの名前にちなんだといわれるデカンショ節などにみられる飲酒と高歌放吟のスタイルも第2次世界大戦前までの学生文化だろう。

[第2次世界大戦後]

戦後,学生たちは戦前の教養主義的学生文化を受け継ぎ,サルトルやカミュらの実存主義思想やマルクス主義思想をはじめ,文化,芸術,生活スタイルなどの新しい文化潮流の受容にあたって,その先陣を切ってきた。他方で,「駅弁大学」(大宅壮一の命名ともいわれる)と呼ばれるように,次々と誕生する新しい大学の登場は,大学の大衆化を拡大していくとともに,戦前型の教養主義とは異なる,より大衆化した学生文化の広がりも生み出していった。映画,ラジオ,テレビや雑誌などマス・メディアを媒介とした情報の普及も,それらの先進的な受け手であった学生たちに大きな影響を与えるようになる。戦前から人気のあった六大学野球への一層の注目をはじめとするさまざまなカレッジ・スポーツの普及や,ファッション,音楽などのポピュラーカルチャーの新たな受容者としての学生の登場である。また,新しい女子大学の登場も含めて,戦前においては高等教育の場からほとんど排除されてきた女子学生の増加も,戦後日本の学生文化に大きな影響を与えた。この動きに対しては「女子大生亡国論」(早稲田大学教授・暉峻康隆など)のような暴論さえ登場した。

 1960年代後半には,国際的にも学生文化に大きな変化が生じた。「若者の反乱」と称される政治的運動が,とくに経済の発達した諸国を軸に大きく拡大した。社会的マイノリティの権利擁護やヴェトナム反戦運動,さらにさまざまな大学内外の課題をめぐって展開されたいわゆるスチューデント・パワーの運動である。この動きは,政治的な反抗のみならず,それまで支配的だった伝統的文化への反抗をともなって世界各地で展開された。ヒッピー文化やコミューン運動マリファナLSDなどによるトリップ志向などが,国際的な動きとして学生文化の中に持ち込まれていく。Tシャツ,ジーンズ,長髪スタイルなどの新しい若者ファッションの登場もこの時期の現象といえる。音楽,演劇,映画制作など芸術活動における対抗文化(カウンター・カルチャー)も1960年代後半の学生文化と深いかかわりをもつ。こうした対抗文化としての学生文化は,商業化された文化に対抗する,DIT(Do It Yourself)型ともいえる「自前」の活動形態をとることが多かったのも,一つの特徴といえるだろう。

 しかし,こうした学生文化における教養主義やカウンター・カルチャーの動きは,1970年代半ば以後,急激に衰えていく。学生文化における教養主義の終焉(竹内洋『教養主義の没落』など)とでもいえる事態である。背景には,日本も含めた世界中の大学が,マーチン・トロウのいう「エリート型」から「マス型」(同世代の15%から50%までが大学進学する状況)へと移行していったということがある。とくに日本の場合,急激な消費社会の深まりが,若い世代を強く巻き込んでいったという事情もあるだろう。三無主義,シラケ文化,モラトリアム時代といった用語が若者,とくに学生に対して向けられる時代が開始されたのである。1980年代に入ると,学生文化とマス・メディアや消費社会との結びつきはより強まっていく。たとえば,マス・メディアにおける女子大生文化の登場やバブル経済に連動する学生ビジネスの流行などが,この時代の学生文化の新しい動きとしてあった。また,1990年代以後のコンピュータの発達とネット社会の登場は,トロウのいう大学のユニバーサル化(同世代の50%以上が大学進学する時代)とも重なり合って,国際的にも学生文化の大きな変容を生み出しつつある。
著者: 伊藤公雄

参考文献: 竹内洋『教養主義の没落―変わりゆくエリート学生文化』中公新書,2003.

参考文献: 高田里惠子『文学部をめぐる病い―教養主義・ナチス・旧制高校』ちくま文庫,2006.

参考文献: マーチン・トロウ著,天野郁夫・喜多村和之訳『高学歴社会の大学―エリートからマスヘ』東京大学出版会,1976.

出典 平凡社「大学事典」大学事典について 情報

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