安宅丸(読み)あたけまる

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

安宅丸
あたけまる

寛永8 (1631) 年,江戸幕府が江戸防衛用として計画し,同 12年に完成した巨大な軍船。建造地は伊豆 (静岡県) の伊東。船体は長さ 38mの竜骨に 45本の肋骨を配して外板を張る西洋式の構造であるが,船首尾などは日本式構造が混っている。上部の総矢倉は2層で全長 43mの純日本式,船体とともに全体を銅板で包んで防火力を強化し,その船首寄りに2層の天守を設けている。また総矢倉内には大筒5,小筒 30,鉄砲 80を備えているので,防御力,攻撃力とも当時の軍船とは段違いであった。推定排水量は約 1800tで,これは当時ヨーロッパ最大最強の軍船として恐れられていたイギリスの『ソブリン・オブ・ザ・シー』に匹敵し,日本では最大級の軍船の 30倍という桁はずれの大きさだったが,この巨体を推進する櫓は2人漕ぎの 100丁立てのため,行動は敏速を欠き,艦隊戦闘よりも江戸防衛用の移動要塞的性格が強かった。なお家光の好みからか,船首の竜頭をはじめ天守や船尾まわりに豪華な装飾を施したので,その絢爛さは日光の東照宮に比肩された。しかし江戸幕府も安定した天和2 (82) 年,無用の長物として解体された。

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百科事典マイペディアの解説

安宅丸【あたけまる】

江戸時代三大船の一つ。1631年大御所徳川秀忠向井将監に建造を命じ,1634年に完成を見た。室町後期〜江戸初期に造られた,いわゆる安宅船(あたけぶね)型の軍船で,家光は天下丸と命名したが俗に安宅丸とよばれた。全長30尋(ひろ)(約57m),外玄に銅板を張り,櫓(ろ)100挺(ちょう)をもつ巨船だったというが,設計ミスからか,操縦ままならず,1682年解体。

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大辞林 第三版の解説

あたけまる【安宅丸】

1635年江戸幕府が向井将監に建造させた安宅船形式の最大の軍船。和洋折衷構造の船体の外側を銅板で囲み、二重の矢倉と二層の天守を設け、強力な攻防力をもち、船首を竜頭で飾る。全長約62メートル、排水量1700トン程度で、一〇〇挺ちようの艪を備え水夫は二〇〇人という巨船であったが、戦いの機会はなく維持も困難なため1682年に解体された。天下丸。

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精選版 日本国語大辞典の解説

あたけ‐まる【安宅丸】

[1] 寛永一二年(一六三五)将軍家光が造らせた大型軍船。類を絶した巨艦で、長さ一五六・五尺(約四七メートル)、幅五三・六尺(約一六メートル)、深さ一一尺(約三・三メートル)、二人掛りの大櫓百丁立、水夫二〇〇人、推定排水量一五〇〇トン。攻撃力、防御力もまた冠絶していた。船体は日本式と西洋式の折衷構造で、周囲を銅板で包み、矢倉は純日本式の二層造り、内部に大砲、鉄砲を備える。船首の龍頭や三重の天守などは内外とも華麗を極め、日光の東照宮と比肩されたが、余りにも巨大なため、実用に適さず、維持費に窮した幕府によって天和二年(一六八二)解体された。大安宅丸。
※徳川実紀‐大猷院殿御実紀・寛永一二年(1635)六月二日「新造の安宅丸御覧のため、品川にならせらる」
[2] 〘名〙
① 「あたけぶね(安宅船)」の別称。
② ((一)は江戸に回漕して深川御船蔵に入れておかれたが、夜な夜な「伊豆へ行こう伊豆へ行こう」とうなったという俗説に基づく) 無理を言うこと。また、その人。
雑俳・桜がり(1730)「いきいきと・伊豆へ行ふとあたけ丸」
③ ((一)は取りこわされ焼却されたので) やくこと。嫉妬すること。
※雑俳・柳多留‐五四(1811)「御亭主が猪牙で女房安宅丸」

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世界大百科事典内の安宅丸の言及

【日の丸】より

…江戸時代に日の丸を重用したのは幕府である。将軍の御座船安宅丸(あたけまる)と天地丸は多数の日の丸の幟(のぼり)で装飾されていたし,1673年(延宝元)に年貢米廻漕のために雇った廻船に立てることを義務づけて以来,日の丸の幟(日の丸船印・朱の丸船印と呼ぶ)が幕府船の標識として常用された。また朱の丸の帆印は1799年(寛政11)から始まる幕府の第1次蝦夷地直轄時の赤船(あかふね)で使われている。…

【安宅船】より

…こうして日本木船史上最強の軍船安宅船は,17世紀初頭忽然(こつぜん)と姿を消す。なお,家光の世に成った安宅丸は,洋式船や中国式船の手法を加味した独特の巨船で,安宅船に属するとはいえない。ちなみに〈あたける〉とは〈暴れ回る〉の意であるとか。…

【和船】より

…また豊臣秀吉の朝鮮出兵のために集めた700余艘の水軍船隊の旗艦〈日本丸〉などは,全長34~35m,船体の深さ約3m,天守閣のようなやぐらが2基もそびえ,櫓の数100挺(ちよう),推定排水量300トンに及ぶ堂々の巨船で,これらはとくに大安宅と呼ばれた。(3)安宅丸 1631年(寛永8),すでに隠居して大御所となっていた徳川秀忠が,〈江戸城守護の海上の砦(とりで)となさん〉と,御船手奉行向井将監に命じ,伊豆の伊東で4年の歳月を費やして,秀忠没後の35年(寛永12)に成ったもの。総長156.5尺(約48m),幅53.6尺(約16.3m),大櫓(たいろ)100挺,推定排水量1800トン,乗組員200人という,和船史はもとより,世界の木造船史にも特筆されるべき巨船であった。…

※「安宅丸」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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