医学,生物学の研究のための動物実験やバイオアッセー(生物検定)に用いることを目的に育種された動物。代表的なものとしてはマウス,ラット,モルモット,ハムスターなどがあげられる。
従来,実験動物の呼称は広く〈実験に使用される動物〉の意味で使われていたが,このなかには実験動物のほかに家畜や野生動物も含まれており,これらはまとめて一般に実験用動物と総称される。野生動物や農用家畜は実験動物として合目的的に育種されたものではなく,自然界から捕獲したり,他の目的で改良した家畜を転用したもので,実験用動物ではあるが実験動物とは区別される。よく使われるものに,原生動物のゾウリムシやミドリムシ,腔腸動物のヒドラ,扁形動物のプラナリア,節足動物昆虫綱のショウジョウバエやゴキブリ,脊椎動物硬骨魚綱のメダカ目,哺乳綱霊長目のオナガザルなどがある。
動物実験における動物の反応は遺伝的な要因と環境的な要因の両者によって大きく影響される。したがって実験の精度をあげ,結果の再現性を高めるためには,環境条件の統御とともに実験動物の遺伝的統御が必要である。
実験動物は研究の目的,方法によって適当な特性をもつ動物が選ばれる。したがって実験動物の種は多いほどよい。しかし前述の通り,実験動物としては遺伝的統御が必要であって,遺伝的な素質のまったく不明な野生動物はもちろん,ある程度は明確になっている家畜でさえもそのまま転用するには問題が多い。そのため,近年,野生動物や家畜から実験動物化する試みが盛んに行われている。
実験動物はその遺伝管理の強さによって近交系inbred line,クローズドコロニーclosed colony,交雑群cross bredなどに分けられる。近交系と呼ばれるものは20世代以上,全兄妹間の交配を繰り返した系統で,遺伝的にはほとんど完全なホモ接合体の個体ばかりと考えられる遺伝的変異のまったくない集団である。しかしこれは検定などに用いるには環境の影響を受けやすく,表現型や一定の処置を与えたときにみられる反応(演出型)の変異が大きくなることから,むしろ近交系間の一代雑種を用いるほうがよい。クローズドコロニーは一定の閉鎖された集団内で繁殖,維持された群である。同一飼育場の同一コロニーでも,遺伝的性質を偏らせずに累代維持していくためには,交配・生産方式が規制されることがたいせつである。
また環境条件の統御もきわめて重要な意味をもっている。飼料の違いは実験成績に大きな影響を与えるから,完全な栄養素を含みかつ一定の品質のものを給与する必要がある。このため最近は固型飼料が作成,利用されている。住居因子も斉一にするため,同じ規格のケージ,敷料,給餌器,給水器を用いて飼育管理し,収容動物の疎密の状態にも気を配らねばならない。温度,湿度などの因子も影響が大きいから,空調の設備があって,光などの条件もコントロールされた飼育室で飼養管理されることが望ましい。環境要因中,生物因子として重要な微生物については,体内にまったく他生物のいない無菌動物,特定の微生物のいないことが証明されているSPF動物,体内に既知の生物しかいないノトバイオートgnotobioteなどが開発され,微生物統御実験動物として使われている。
実験動物の用途には研究用,検定用,製造用の三つがある。研究用の実験動物は,ある処置をほどこして,それに対する生理反応を読みとるのであるから,結果の再現性がとくに重視される。その点から遺伝的,環境的に厳重に統御されたものが望ましい。一方,動物実験は医学の領域で行われるものが多く,これらの場合は実験結果をヒトへ当てはめて見ること(外挿)になる。そのため各種の生物的特性をもつ実験動物のなかから実験の目的にかなった種を選ぶことがたいせつである。またヒトの疾病のなかには遺伝的要因の関与しているものがたくさんある。これらの疾病の研究のためには相似の動物の疾患をモデルとして研究を行うことがきわめて有効であり,そのため疾患モデルとしての実験動物の系統もいろいろ作出され維持されている。例えば,糖尿病や筋萎縮症のマウス,本態性高血圧症のラット,高脂血症のウサギなどがある。検定用の実験動物とは,ホルモンや酵素など生物活性物質の力価を生物検定したり,疾病の診断をするために用いられる動物である。遺伝的変異が少なくかつ演出型も一定のものが望まれるので,近交系の一代雑種を用いるのが適当である。製造用実験動物とはワクチンや抗血清の生産に用いられるものである。ワクチンなどを,われわれの生活に必要な物資と見れば,これらの動物は生産家畜(用畜)とみなしうる性格のもので,野生動物(ポリオワクチン製造のためのサルなど)や農用家畜(ジフテリア血清製造のためのウマなど)が利用されることも多い。
実験動物あるいは実験用動物としてよく使われる動物種には次のようなものがある。
(1)マウスmouse 齧歯(げつし)目ネズミ科ハツカネズミ属の動物で,代表的な実験動物。白色で赤目のアルビノが多いが,黒色,野生色の系統もある。体重20~40g。35~60日で繁殖日齢に達し,年に4~5世代を重ねることができる。1腹産子数は6~13匹。増殖も容易。寿命2~3年。
(2)ラットrat 齧歯目ネズミ科クマネズミ属。野生のドブネズミから改良したもの。白色,赤目が圧倒的に多い。成体重は雌200~400g,雄300~800g。生後約60日で繁殖日齢に達する。1腹産子数6~14匹。寿命2~3年。
(3)モルモットguinea pig 齧歯目テンジクネズミ科テンジクネズミ属。南アメリカで肉用に飼いならされた動物で,16世紀にヨーロッパへ導入された。その名は実験動物と同義として使われているが,これは医学で結核の研究が盛んであったとき,このモルモットが多用されたことによる。妊娠期間が60~75日と長い点や,産子数の少ない点(2~4匹),初生子は被毛も生え目も開いた状態で生まれ,永久歯も生えている点など他の齧歯目の動物と異なる点も多い。生後40~70日で繁殖日齢に達する。成体重850~1000g。寿命5~7年。
(4)ゴールデン・ハムスターgolden hamster 齧歯目キヌゲネズミ科メソクリセツス属。1930年シリアで捕らえられた雌2匹,雄1匹から増えて作出された実験動物。ほお袋がウイルス接種の場所として重用されている。生後35日で繁殖日齢に達し,妊娠期間は16日と短く,1腹産子数4~16匹(平均8.7匹)。成体重は雄130gぐらい,雌140gぐらい。
(5)ウサギrabbit ウサギ目ウサギ科アナウサギ属。イベリア半島でアナウサギから馴化(じゆんか)されたカイウサギが実験動物へと転用されている。品種により毛色,体格も変異するが,最も普通の日本白色種Japanese whiteでは成体重4.5kgぐらい。生後6ヵ月で繁殖日齢に達し,妊娠期間は約31日。産子数は1~13匹(平均8匹)。
(6)フェレットferret 食肉目イタチ科ムステラ属。ジステンパー研究用に実験動物化され,インフルエンザ研究用に重用されている。体はイタチに似て首と胴が長く,成体重は雄約1000g,雌約800g。
(7)その他 農用動物のブタやヤギの中にも最近では実験用の品種が作出されている。ミニチュア・ブタminiature pigは,形態的・生理的特性がブタとヒトと似ているところから,小型化された実験動物であり,シバヤギも反芻(はんすう)胃をもつ実験動物として,繁殖力の強い点と小格である特徴を買われて利用されている。
執筆者:正田 陽一
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
生物学、医学、薬学、獣医学、畜産学、心理学などの研究上有用であるとして、目的に沿うように育成、繁殖、生産され、その反応について均一の質をもつことが確かめられている動物をいう。野生動物や家畜も実験に用いられるので、これらをあわせて実験用動物とよぶことがあるが、実験動物は遺伝的規制がなされ、育成の環境も明確にされる点で、野生動物および家畜と区別されることが多い。しかしこの区別は、野生動物の実験動物化が努力されているので、かならずしも明確ではない。医学領域では、ヒトへの外挿(実験結果を当てはめてみること)を考察できる実験動物を動物モデルとして選択することが多く、必然的に哺乳(ほにゅう)類がよく用いられる。これらにはラット、マウス、モルモット、ハムスター、ウサギ、イヌ、ブタなどがある。そのほか、実験動物化の進んでいる哺乳類にはサル類(ニホンザル、アカゲザル、カニクイザル、マーモセット)、ヤギ、ネコなどがある。哺乳類以外の実験動物もさまざまな学問領域で動物実験に用いられ、これらにはニワトリ、ウズラ、ハト、カエル、魚類、カイコ、ハエ、カ、ゴキブリ、繊毛虫類が含まれる。
実験動物の基準をつくり、また実験動物として適した動物の開発、改良を目的として、その動物の遺伝、育成、疾病、生理、飼育、繁殖、栄養、管理、飼育施設などを研究する学問を実験動物学(または実験動物科学)という。実験動物は特殊な目的の場合を除けば健康であることが要求される。このために現在は多種の動物が無菌germfree化されている。哺乳類では帝王切開で無菌的に取り出した子を無菌室で人工哺育する。しかし、無菌動物に特定の微生物を投与、定着させた動物であるノトバイオートgnotobioteも用いられ、たとえば大腸菌のような常在菌の影響を調べたりする。実験に供する動物に感染がないのは望ましいが、通常の施設と管理ではむずかしい。そこで、(SPF動物specific pathogen free animal)すなわち、とくに指定された微生物や寄生虫のない動物、そして指定以外の病原体についてはかならずしもないとはいえない動物を維持する方式がとられる場合も多い。SPF動物は、無菌動物をSPF動物舎に移し、自然に普通の菌と接触させたもので、これが正常の実験動物と考えられ、従来の方式で飼育された実験動物はなんらかの異常をもった動物として扱われるようになる可能性もある。
[川島誠一郎]
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
出典 株式会社平凡社百科事典マイペディアについて 情報
…specific pathogen‐free animalの略で,医学,薬学,獣医学などで実験動物を用いて実験を行う場合,その実験動物がある特定の病原体,とくに指定された微生物・寄生虫をもたず,特定環境下で維持生産される動物群を指す。このような動物群では指定以外の微生物・寄生虫は必ずしもフリーではない。…
…東南アジアで使役されているアジアゾウや,鵜飼いのカワウ,鷹狩りのハヤブサなどは人間にとって有用な動物ではあるが,野生のものから遺伝的に改良されているとはいい難いので家畜に含めることはできない。家畜は利用の目的によって農用動物farm animal,愛玩動物(ペット)pet animal,実験動物laboratory animalに大別することができるが,狭義の家畜としては農用動物のみをさすこともある。農用動物は乳・肉・卵・毛・皮革・毛皮・羽毛などの畜産物を生産する用畜と,労働力を利用される役畜に分けられる。…
※「実験動物」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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