室内気候(読み)しつないきこう

改訂新版 世界大百科事典 「室内気候」の意味・わかりやすい解説

室内気候 (しつないきこう)

室内気候とは外界の気候に対する語で,人間が住むための空間の内部の気候をいう。原始時代,屋根を掛けただけの住居や洞窟の住居も,雨風をしのぐという意味で外界とは異なった室内気候を形成した。現代では,人はより高い快適性を求めて,暖房や空気調和などの手段により人工的な室内気候を作り出している。また,暖房や冷房をしなくても,屋根,壁,窓,床などで外界と遮断し,室内という居住空間を作るだけで,少なくとも外界よりは快適な室内気候が形成される。用途に応じて人間が居住しやすい気候の室内を作ることが建築の目的でもある。そして,室内空間を作るだけでは快適度が不十分な場合,それを高めるために暖房や空調などの機械設備が設けられる。

温度,湿度,気流,輻射(ふくしや)(放射)が室内気候の快適性を左右する重要な4要素といわれている。温度,すなわち乾球温度は,人体の温冷感にとってもっとも重要な指標で,ふつう常温といわれる25℃前後,すなわち20~27℃が快適域となる。湿度の快適範囲は,例えば相対湿度でいうならば40~60%になる。気流は一般には0.5m/s以上の風速になると不快となる。輻射の効果も重要で,例えば室内の周壁表面の温度が室内気温と異なる場合や,輻射熱を放出する暖房器具などがある場合には,同じ気温でも体感は異なってくる。冬季,床暖房のある室内では室内気温が18℃でも快適であったり,大きな窓ガラス面のそばでは室内気温がかなり高くても寒冷感がことさら強いのは,輻射の効果が顕著であることを示す。

温度,湿度,気流,輻射の4要素を一つの指標にまとめて体感を表示しようという提案は,暖房が技術として定着し始めた1920年代に多く試みられた。有効温度は,ある状態の室内気候と同じ体感を与えるような無風,湿度100%の室内の仮想温度をいう。これには輻射の効果が含められていなかったので,のちにグローブ温度を乾球温度の代りに用いた修正有効温度が提案されたが,アメリカ暖房空気調和冷凍学会ではさらに湿度50%を基準とするように改められた。グローブ温度計とは,直径15cmの中空の黒色塗銅板製の球の中に寒暖計を挿入して温度を計るものをいう。これを室内の中央につるして測った温度がグローブ温度で,それは室内周壁表面の平均温度と室内空気温度との平均値に近い。一方,冬季は一般に室内の湿度は低く,体感に与える影響も少ないので,室内の空気温度と周壁平均温度との加重平均である作用温度が体感を支配すると考えてよい(気温と周壁平均温度との平均を一般に作用温度と呼ぶことも多く,その場合はグローブ温度にほぼ一致することになる)。冬季早朝,例えば暖房開始時に空気温度が上昇しても壁や床が冷えきっていて周壁平均温度が低いときには,むしろ周壁平均温度の影響のほうが重要だと考えられる。そこでイギリスでは空気温度の1/3と周壁平均温度の2/3との和を環境温度と称して,これを体感の指標にしている。これに対し,日本の夏のような高温多湿の条件下では,周壁温度と室内空気温度との差は一般に小さく,湿度の影響を重視する有効温度が体感指標としてより適しているといえる。室内気候が快適と感ずる人が全体の95%以上となるような条件を至適条件といい,有効温度で表せば,通常の着衣状態で17~21℃の範囲にあるといわれる。

暑いとか寒いとか,気持ちよいとかの温冷感は,気温,湿度,気流,輻射の4要素のほかに,着衣状態と作業強度によって左右される。外界気候の変化に合わせて,人間は夏は薄着,冬は厚着をするので,室内気温は,夏は高め,冬は低めが気持ちよい。また,静座しているときより,運動や重労働をしているときには,人体の新陳代謝による発熱量は多くなるので,同じ着衣なら気温は低めでよく,逆に同じ気温なら薄着が適することになる。

 着衣量を表すのにクロ(Clo)という衣服の熱抵抗の単位がある。下着とワイシャツに背広を着た状態を基準として,これを1Cloといい,これは0.155W/(m2・K)の熱抵抗に相当する。裸体では0Clo,半袖とショートパンツでは0.5Clo,背広に毛の外套(がいとう)を着て防寒靴に毛の帽子を着けた厳寒着衣は3Cloとなる。

 作業強度は人体の発熱量で表す。成人男子1人の静座時の発熱量は,人体の単位皮膚表面積当り58W/m2程度で,これが1メット(Met)という作業強度の単位になっている。成人男子の人体表面積は1.8m2程度であるから,全発熱量は1人当り105W程度となる。この熱が室内へ自然に放熱されている状態ならば人間は快適と感ずるが,放熱量が発熱量より多ければ寒く感じ,少なければ暑く感ずる。

上記の発熱量,または放熱量は,人体表面から対流によって室内空気へ伝えられる熱量,人体表面から輻射によって室内表面へ伝えられる熱量,発汗などの蒸発によって皮膚表面から空気へ伝えられる熱量に大別されるが,そのほかに呼気や排泄による放熱量もいくらかある。このうち対流と輻射による放熱は顕熱であり,蒸発による放熱は潜熱である。人体からの全放熱量のうち,この顕熱放熱量と潜熱放熱量の比率は室温と作業強度によって変わる。例えば静座時で室温24℃の場合は,全放熱量105Wのうち,顕熱は58W,潜熱は47W程度となる。気温が高くなると発汗現象のため潜熱放熱が多くなり,27℃では顕熱が51W,潜熱は54Wとなる。逆に20℃では顕熱が76W,潜熱が29Wとなって顕熱放出量が多くなる。また工場軽作業時の作業強度は1.9Met(全発熱量は198W)程度で,このとき24℃の室内での放熱量は顕熱76W,潜熱122Wとなり,発汗によって人体は生理機能を調節していることがわかる。

快適な室内気候を形成するには,断熱と防湿によって防暑・防寒対策を施すことが重要になる。外壁,天井,床には断熱材を入れ,窓も二重にすれば,冬は内から外への熱,夏は外から内への熱が移動しにくくなる。その結果,室内側表面温度は室内気温に近くなり,冬は作用温度が高くなり,夏もそう高くはならない。外壁をよく断熱すると,冬季に室内側表面温度が高くなるので,それは結露防止にも有効になる。夏は窓に日よけを設けることによって,日射熱が窓から直接室内へ入ってくるのを防ぐことができれば,体感上も輻射による不快感を和らげられる。風通しをよくすれば,気流が皮膚に当たって蒸発を促進し,涼感が得られる。また土壁やしっくい塗の壁は湿気を吸ったり放出したりする調湿作用がある。床下の湿気は床下空間をよく換気することによって防ぐことが可能で,コンクリート土間床は土からの透湿を防ぐことができる。

 このように建物の断熱と防湿は,快適な室内気候を作るためには基本的に重要なことであって,断熱や防湿がしっかりしていれば,暖房や冷房に要するエネルギーも非常に少なくてすむことになる。

断熱は防寒対策の基本になる。まず外壁については,木造住宅ならば,グラスウールロックウールなどの断熱材を壁の外装材と内装材との間に隙間なく入れるとよい。一般に東北地方以南ではその厚さは10cmくらいが適当であろう。屋根と天井の断熱については,暖かい空気は上へ昇るので,外壁より多めとする,すなわち15~20cmの断熱材を天井板の上に置くとよい。天井裏の空間は換気のため,その温度は冬には外気温とほとんど等しくなるとみられるので,屋根面の裏側よりも天井に断熱するほうが効果的である。そして室内で発生した水蒸気が天井裏に入り,屋根面裏側で結露して滴下し,室内へもれてくるのを防ぐため,断熱材の下側に防湿層を設ける必要がある。窓の気密化も重要で,隙間風による熱損失を防止するうえでもっとも効果がある。断熱は表面結露の防止にも効果があるが,表面結露の防止には室内に適度の水蒸気をためないことが先決で,必要以上の湿気は換気によって排出しなければならない。

夏季の防暑計画としては通風がもっとも効果的で,皮膚表面での蒸発冷却を促進する。そのためには通風のための開口部をその土地の夏の主風向に対して設ける必要がある。

 天井の断熱化は夏にも効果がある。天井裏空間は,自然通風をしてもなお屋根に当たる日射のために40℃以上の高温になることが多く,とくにトタン屋根は日射を吸収し,その熱が天井面の温度を高くして,室内は天井からの輻射熱で非常に暑く感ずる。その点昔からあるカヤぶきの家は涼しい。これは厚いカヤの層が雨などの水分を吸収し,日射が当たるとそれを蒸発させるためとされる。また土蔵づくりの家が涼しいのは,夜間の冷気で厚い土壁が冷やされ,その温度がほぼつねに1日の平均外気温に近く保たれることによる。

 窓からの直射日光を遮る日よけのくふうも夏の過熱防止にとってたいせつなことで,とくに西日や東の窓から入る朝日は室に入れないようにしなければならない。西日や朝日は低い角度から太陽光が差し込むので,すだれなどで防ぐのがよい。南窓の日射はひさしで簡単に遮ることができる。樹木も日よけ材としてよく用いられる。

コンクリート壁,厚い土壁,石の壁など重量のある壁体は,多量の熱を蓄える。これを暖めるのには時間を要し,また一度暖まるとなかなか冷えない。土間床なども同様であるが,このように重量,体積とも大きい材料は熱容量が大きいという。土蔵づくりの家は熱容量が大きいので,夏に中へ入ると冷感を受ける。夏でも冬でも,外部の1日の気温変動に対して,このように熱容量の大きな建物の室内の周壁表面温度は日平均気温に近く,一日中あまり変動しない。つまり,建物の熱容量は,室内気候の快適性維持に大きな役割を果たすといえる。コンクリート壁の外側を断熱化すれば,建物がちょうど布団を着た形になるので,とくに冬季外気温が急に下がっても,厚い壁に蓄えられていた熱が室内へ出てきて室温は適度に保たれる。これに対し軽量の住宅では,断熱が十分でも夜に暖房を止めると夜間に少しずつ熱が外へ逃げていき,翌朝には室温は外気温近くまで下がってしまう。

室内の空気が清浄であるかどうかも室内気候の快適性を左右する。外気と異なって室内空気には種々雑多な物質が含まれている。例えば,タバコの煙,塵埃,炭酸ガス,細菌,有毒ガス,臭気などがあり,それぞれについて許容濃度が定められている。許容濃度を超えないように室内空気を清浄に保つ必要があり,一般には外気を導入してその濃度を薄める方法がとられる。これが換気で,空気を清浄にするのに必要な外気量を必要換気量という。一般の居室では,人体が発生する炭酸ガスによって室内の炭酸ガス濃度は高くなるが,その許容濃度は0.1%,すなわち1000ppmであって,300ppmの炭酸ガス濃度の外気を導入して薄める。炭酸ガスを基準にして換気すれば,他の有害物質については心配する必要がないといわれる。しかし,特殊なガスを発生する室内では,それぞれの許容濃度に応じた必要換気量を保つようにしなければならない。
換気 →空気調和
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日本大百科全書(ニッポニカ) 「室内気候」の意味・わかりやすい解説

室内気候
しつないきこう
indoor climate

建物内の温度、湿度、気流速、熱放射などの熱環境要素によって生じる室内空気の総合的気候状態をいう。屋内気候、室内熱環境ともいう。室内は外壁によって外界と隔てられているから、室内気候は外気温湿度、日射、外部風速などの影響を直接受けるのではなく、いくぶん緩和される。その程度は、建物の構造、周壁の材料、室内物体などの熱的性質、建物の方位、換気量、室内供給熱量などに関係する。

 室内気温は室内気候を表すもっとも重要な要素であり、単に室温ともいう。室温はおもに外気温、日射量、室内供給熱量の大きさによって時間的に変動する。熱が室内に供給されると、その熱の一部は室内空気と周壁の温度を高め、その残りは壁を貫流し、あるいは換気によって室外に流失する。室内外の気温差1℃のときに1時間に室内に流入もしくは室内から流出する熱量を室の熱損失係数Wといい、室温を1℃高めたときに周壁および室内空気に蓄えられる熱量を室の熱容量Qという。また、Qに対するWの比を室温変動率といい、室温変化の速さの程度を表す。外気温、日射量、供給熱量のいずれか一つの量が大になれば室温も上昇するが、その上昇速度は室温変動率が大きい室ほど大きいので、室の熱容量が小さいほど、また室の熱損失係数が大きいほど室温は大きく変動する。れんが造、コンクリート造、土蔵などは室温変動率が小さく、暖房や外気温などの変動の影響を受けにくいが、木造、バラックなどの室温変動率の大きな建物は室温の変化が激しい。

 食物と酸素の摂取によって生み出される人体のエネルギーの約2割以下は人間の種々の動作に費やされ、残りは熱として伝導、対流、放射および水分蒸発の形態をとって体外に放散される。放熱量が産熱量よりも大きいときには、人体は寒いと感じ、体温を保つために、体温調節機能の働きによって産熱量を増加させて熱収支の均衡を保つ。最小の生理的努力によって人体の熱収支が平衡するような、暑くも寒くもない熱環境状態の範囲を快適帯といい、その示度を温度で表す場合には、これを至適温度という。

 人体の熱収支の差によって知覚される暑さ・寒さの体感に対して、熱環境の各要素が単独に作用するのではなく、各要素の種々の組合せによって総合的に作用している。したがって、これらのすべての要素を個々に評価することによって熱環境を評価することも可能であるが、この評価法は複雑であり、直観性がないので、熱環境を、できるだけ多くの要素が組み合わされた総合的な単一指標で表す評価法の研究が1910年ごろから行われてきた。その指標のおもなものに作用温度、湿り作用温度、有効温度、修正有効温度、新有効温度がある。

[水畑雅行]

作用温度(OT)、湿り作用温度(HOT)

作用温度は、体感に対する気温と放射の総合効果を表す指標で、効果温度ともいわれ、OT(operative temperature)と略記される。これは、ある気温、周壁の平均放射温度の室において、人体が受ける熱量と等しい受熱をする気温および平均放射温度とを等しくした室の気温と定義されている。平均放射温度は通常の室では、その室の周壁表面温の平均値にほぼ等しい。湿り作用温度は、作用温度に湿度の影響を加味した体感指標で、HOT(humid operative temperature)と略記される。これは、ある気温、周壁平均放射温度、湿度の室において、人体が受ける熱量と等しい受熱をする湿度100%における気温および平均放射温度とを等しくした室の気温であり、上衣を着た場合の有効温度によくあうといわれている。

[水畑雅行]

有効温度(ET)、修正有効温度(CET)

有効温度は、気温、湿度、風速の3要素の体感に及ぼす総合効果を表す単一指標で、1923年にホートンF. C. HoughtonとヤグローC. P. Yaglouによって提案された。これは感覚温度ともいわれ、ET(effective temperature)と略記される。ETは3要素の任意の組合せによる体感と等しい体感をもった湿度100%、無風室の気温で、多数の被験者の主観的な体感申告調査に基づいて決められた。一定の着衣および作業状態における任意の3要素の物理量の組合せから有効温度を求める図表を有効温度図という。ETは低温域では体感に及ぼす湿度の影響が過大視され、高温域では過小評価されていることが、1947年にヤグロー自身によって指摘された。また、ETには熱放射の影響が評価されていないので、これを考慮して、グローブ温度を乾球温度のかわりに用い、相当湿球温度(絶対湿度が不変で、乾球温度がグローブ温度に変化したときに示す湿球温度)を湿球温度のかわりに用いて、同じ有効温度図から有効温度を求める示度を修正有効温度といい、CET(corrected effective temperature)と略記される。ETまたはCETは体感をよく表す指標として1970年ごろまで広く用いられてきた。

[水畑雅行]

新有効温度(ET*

新有効温度は、前述のETに対する批判や研究に基づいて1971年ガッゲA. P. Gaggeらによって提案され、ET*(new effective temperature)と略記される。これは、平均放射温度が気温に等しい湿度50%、無風の室の気温と定義され、軽装座位の人体に適用される。ET*は、人体の熱収支の解析に基づいて導かれたもっとも合理的な体感指標であり、ETとは本質的に異なる。ある温湿度の環境のET*を求める図表を新有効温度図という。快適帯として気温23~25℃、湿度20~60%が推奨されている。

 以上のような熱環境指標のほかに、体感に対する気温と風速の総合効果を測定するために、カタ温度計がヒルL. Hillによって1916年に考案され、これによって測定されるカタ冷却力を熱環境指標とする提案がなされたが、この指標は体感との適合範囲が限られており、今日ではあまり用いられない。カタ冷却力は風速の関数で表されるので、カタ温度計はむしろ簡易な微風速計として用いられる。

[水畑雅行]

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「室内気候」の意味・わかりやすい解説

室内気候
しつないきこう
indoor climate

室内の空気中での物理的要因 (温度,湿度,気流,壁面の放射,日射) と化学的要因 (炭酸ガス,臭気,じんあい,細菌など) とが総合された状態をいう。これらの条件の組合せによって,室内環境が快適になったり,不快になったりする。室内の快適度は物理的要因のうち,特に温度と湿度の組合せが重要な意味をもち,通常の着衣状態で軽作業をするときには,室温 18℃内外で,湿度 40~65%程度が最もよいとされている。室内気候と屋外気候とは建物の屋根,床,壁,天井などによって仕切られており,このために,これらの場所に使われる材料の選定によっては,室内気候が屋外気候の影響を受けやすくなる。

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