宮崎筠圃(読み)みやざき いんぽ

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「宮崎筠圃」の解説

宮崎筠圃 みやざき-いんぽ

1717-1775* 江戸時代中期の儒者。
享保(きょうほう)2年8月21日生まれ。父母とともに京都に移住。伊藤東涯,蘭嵎(らんぐう)にまなぶ。詩や書画にすぐれ,墨竹画では「平安の四竹」のひとりにかぞえられた。温厚,至孝の人柄が「近世畸人(きじん)伝」につたえられている。安永3年12月10日死去。58歳。尾張(おわり)(愛知県)出身。名は奇。字(あざな)は子常。通称は常之進。

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「宮崎筠圃」の意味・わかりやすい解説

宮崎筠圃
みやざきいんぽ

[生]享保2(1717).尾張
[没]安永3(1774).12.10. 京都
江戸時代の儒家,画家。名は淳,奇,字は子常,通称は常之進,号は 筠圃,尚友。 18歳のとき京都に出て伊藤東涯,伊藤蘭嵎に儒学を習い,かたわら趙孟 頫 (ちょうもうふ) に私淑して書をよくし,またもっぱら墨竹画を描いて浅井図南,御園意済,山科宗安とともに平安四竹と賞された。

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367日誕生日大事典 「宮崎筠圃」の解説

宮崎筠圃 (みやざきいんぽ)

生年月日:1717年8月21日
江戸時代中期の漢学者
1775年没

出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報

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