宮川町(読み)ミヤガワチョウ

日本歴史地名大系 「宮川町」の解説

宮川町
みやがわちよう

[現在地名]江東区富岡とみおか二丁目

深川築地二四ヵ町の一。北と西は永代寺門前東仲えいたいじもんぜんひがしなか町、南は三拾三間堂さんじゆうさんげんどう町、東は仙台せんだい堀の枝川を隔てて島田しまだ町。深川宮川ふかがわみやがわ町とも称した。文政町方書上によれば、元禄一四年(一七〇一)築立地を桜井屋次郎右衛門が幕府に願出て家作御免の地として購入。同一六年より宮川町と唱える。正徳三年(一七一三)より町奉行支配となる。町の北側の道敷は往来も少なく葭・茅が茂り不用心なため、町内の地主古座屋清兵衛が町奉行所に願出て文化一〇年(一八一三)買請け町屋とした。町内総間数は京間で二八間余・田舎間三間。


宮川町
みやがわちよう

[現在地名]西区北堀江きたほりえ四丁目

東と南を北堀江五丁目に接し、南北に延びる両側町。堀江新地開発前からあり、大坂城玉造たまつくり門外(現東区)から移った町で旧名東伊勢ひがしいせ町といい、それ以前は山城伏見ふしみから移ったとされる(初発言上候帳面写)新玉造しんたまつくり八町の一町。延宝年間(一六七三―八一)宮川町と改称(前掲帳面写)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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