改訂新版 世界大百科事典 「小児糖尿病」の意味・わかりやすい解説
小児糖尿病 (しょうにとうにょうびょう)
childhood diabetes
小児にみられる糖尿病。糖尿病はインシュリン不足のためのブドウ糖利用低下によって起こる病気である。インシュリンは膵臓のランゲルハンス島β細胞から分泌されるホルモンで,血液中のブドウ糖(血糖)の肝臓・筋肉組織等への取込み・貯蔵,およびエネルギー源としての利用(解糖)を促進する作用をもつ。成人型糖尿病adult-type diabetes(インシュリン非依存型糖尿病non-insulin dependent diabetes mellitus:NIDDM)が,インシュリンの相対的不足(肥満によるインシュリン感受性の低下によるインシュリン必要量の増大など)であるのに対し,若年型糖尿病juvenile-type diabetes(インシュリン依存型糖尿病insulindependent diabetes mellitus:IDDM)はβ細胞の障害によるインシュリンの絶対的欠乏である。WHO勧告では,15歳以前に発症する糖尿病をすべて小児糖尿病という。小児にも成人型(ないしは肥満型)糖尿病があり,したがって小児糖尿病とは小児期に発症した成人型糖尿病と若年型糖尿病の総称であるが,大部分は若年型であり,一般には小児糖尿病は若年型糖尿病とほぼ同義に用いられている。本項では以下,若年型糖尿病について述べる。
若年型糖尿病の年間発生頻度は,アメリカのピッツバーグで行われた調査では人口10万人当り10~15人であり,全米で約20万人の患者がいるとされている。日本では発生率や有病率が欧米に比べて著しく低く(約100分の1),遺伝的素因や環境素因が関与していると考えられる。1982年の全国主要病院を対象とした調査では,男女比は1:1.49で女児に多く,発病年齢は12~15歳にピークが認められた。
原因
近年まで,原因は明らかではなかったが,80~90%は自己免疫によりβ細胞が破壊されて発症すると考えられ,発症にはHLAをはじめとした,数々の遺伝子が関与していると考えられるようになった。
病態生理および症状
インシュリン分泌が不足すると,血糖が利用されないためにその濃度は上昇し(高血糖),それが160~180mg/dlを超えると腎臓から尿中へブドウ糖が漏れ出て尿糖陽性となる。すなわち多量のエネルギー源が使用されないまま尿中に失われるため,体組織はエネルギー不足状態となり,そのため空腹感が強く,食欲が亢進する。また,浸透圧利尿(高血糖により血液の浸透圧が高まり,組織から血管内に水分が移動して血液量が増す結果,尿量が増加する)により多尿となり,多量の体水分が尿中に失われるために口のかわきが強く多飲となる。また,体組織はエネルギー源としてブドウ糖を利用できないため,他のエネルギー源として脂肪が使われ,脂肪組織は減少する。タンパク質も分解されて有害物質となり血中に蓄積する。脂肪の利用が高まると,中間代謝産物のアセチルCoAの産生が高まり,それ以降の代謝(クエン酸回路)の処理能力を上回るため体内に蓄積し,ケトン体に変換される。ケトン体の蓄積は血液を酸性化し(アシドーシス),一部は尿中に排出される。以上のように多飲・多尿・多食・体重減少がおもな症状であるが,この状態が無治療で放置されると,多尿に飲水がおいつかず脱水状態となり,アシドーシスも高度となって昏睡状態におちいり,さらに放置すると死に至る。腹痛や嘔吐を伴うことも多い。
治療
インシュリンの注射による投与を行う。これは分泌の不足したインシュリンを補充する対症療法であり,現在のところ根治療法はなく,そのため患児は終生インシュリン注射を必要とする。
急性期で,脱水,アシドーシスが高度のときは,静脈内点滴でインシュリンを投与するとともに水分の補給を行う。急性期を脱した患児には,1日1~数回のインシュリン(効果持続時間により速効型,中間型,持続型などの製剤がある。持続型もしくは持続型と他の型を組み合わせて使用することが多い)の注射(皮下注射)を行う。急性期は入院治療を要するが,退院後は家庭での自己注射,もしくは年少児では親による注射が行われている。患児は専門医の外来へ定期的に通院する必要がある。専門医は,毎日の家庭での血糖検査(1日数回簡易測定器を用いて行う)の結果や,外来での糖化ヘモグロビン,フルクトサミン(それぞれ過去数ヵ月,数週の血糖コントロール状態を反映する指標)などの検査値をもとにインシュリン投与量・回数を決定する。小児は成長過程にあるから,食事制限はあまり厳しくは行われないが,規則正しい食事,決められた時刻以外の間食の禁止,各栄養素の定められたバランスを守ることが要求される。運動の制限は必要ない。むしろ,運動はブドウ糖の組織への取込み・利用を促進し,またインシュリン感受性をも増大させ,非常に有益である。ただし,激しい運動は低血糖をもたらす危険性があるので,あらかじめそれに見合うカロリーを補給しておくほうがよい。毎日,規則正しく運動することが望ましい。以上のように,インシュリン注射,血糖測定,食事療法,運動療法と,患児およびその家族への負担は少なくないが,管理が良好に行われれば,ほぼ正常人と同じ生活を送ることができる。また良好な管理は合併症の防止のためにも不可欠である。
しかし,インシュリン治療中もさまざまな原因でその投与量が不足すれば高血糖となり,症状が出現する。また,食事摂取量の低下,過剰な運動などの際には低血糖となることがある。血糖が過度に低下すると,不機嫌,強い空腹感,顔色不良,冷汗,嘔吐などの症状が出現し,さらに進むと,意識消失,痙攣(けいれん)をきたすこともある。この状態を放置すると不可逆的な脳障害をきたすため,早急にカロリーを摂取することが必要である。経口摂取が可能であれば糖質などを与えることで速やかに改善されるが,経口不能の際はブドウ糖液の静脈内注射が必要である。高血糖や低血糖時の症状,対処のしかたについては,患児や家族が十分理解している必要がある。すなわち,患児,家族,主治医の密接な連携が,管理を良好にし,合併症をできるかぎり予防し,正常の日常生活を可能とするために不可欠である。
多くの患児において,治療開始後まもなく,インシュリン投与必要量が減少し,なかには投与が必要でなくなる場合もある(寛解期honey moon period)。これは糖尿病が治癒したのではなく一時的な現象で,数週~数ヵ月で再びインシュリン投与が必要となる。寛解期の起こるメカニズムは現在のところ不明である。
糖尿病児を対象に日本各地でサマー・キャンプが行われている。キャンプでは,レクリエーションを通じて,患児間,患児と医療スタッフ間の交流が図られ,また糖尿病および合併症,食事療法,自己注射の方法,高血糖や低血糖の症状とその対処のしかたなどについての教育も行われる。またキャンプ中の検査は,日常生活の管理の面に生かされる。
合併症
成人型糖尿病と同様,糖尿病性白内障,網膜症,腎症,神経症などの合併症がある。糖尿病発症年齢が高いほど,また発症後の期間が長くなるほど,合併症の頻度は高くなる。管理が良好であれば,合併症は出現しにくく,また程度も軽いことが多い。合併症は早期に発見すれば対処することが可能であり,そのため定期的に眼科的診察などが行われる。
→糖尿病
執筆者:立花 克彦+諏訪 珹三
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報