翻訳|blood sugar
血糖とは血液中のグルコースglucoseを意味する。血液中には他の糖類も含まれているが,僅少であり,生理的意義も少ないからである。血液中のグルコース含有量は濃度で表されるので,血糖と称して血中グルコース濃度をさすことが多い。血液は細胞成分の血球と液体成分の血漿から成り,全血と血漿のグルコース濃度はいささか異なる。しかし最近では血漿の分離操作が簡単になるにつれ,もっぱら血漿グルコース濃度が用いられるようになっている。
グルコース濃度の測定は,グルコース酸化酵素を用いるグルコースオキシダーゼ法が一般的である。この酵素の反応によりグルコースがグルコン酸に酸化される際に生じるH⁺を電気的反応基としてとらえるか,または同時に添加した発色剤を還元させ,発色の程度を比色により定量する。
正常人の血糖濃度は,食事の影響のない時期では60~100mg/100ml(3.3~5.5mMol)で比較的変動が少ない。食事をとった後では血糖レベルは上昇するが,それでも24時間を通じて増加幅は30~40mg/100mlを上まわることはまれである。こうして血中に存在するグルコースは,たかだか10~20gにしかすぎない。ちなみに肝臓のグリコーゲン(グルコースの体内貯蔵型)は70g,筋肉のグリコーゲンは200gである。したがって体内のグルコースを合計しても総カロリーは1160kcalにしかならず,1日のカロリー需要量にも満たないわけで,グルコースが体内では貯蔵エネルギーとなっていないことは明らかである。
60~160mg/100mlという血糖の変動幅の下限は,グルコースを主たるエネルギー源とする脳が機能しなくなる濃度であり,上限は後述の腎臓のグルコース再吸収能の及ばなくなる濃度である。このような生体機能の正常化を期待できる範囲につねに血糖濃度を保持する仕事は主として肝臓で行われ,血糖濃度に呼応して膵臓のランゲルハンス島から分泌されるインシュリンの働きによる。
血中グルコースの最大需要者である脳は,1日に144g,1分間100mgの割合でグルコースをたえず消費し,赤血球も1日に36g,1分間25mgをたえず消費する。両者合わせただけでも毎日180gのグルコースを必要とする。グルコースの補給がなければ,血糖は1分間2.5mgずつ下降するはずである。そうならないのは,食事摂取がない場合,肝臓は1日150~250g,1分間に肝臓1kg当り2~3mgの速度でグルコースを血中に放出し,この需要に応じているからである。肝臓はこの放出グルコースの75%を肝グリコーゲンの分解により,25%を主として筋肉からもたらされるアミノ酸の糖新生により捻出するが,この作用は血中インシュリン濃度の低下により生じる。これに対し食事摂取時には血糖が上昇し,インシュリン分泌も増加する。すると肝臓からのグルコース放出は直ちに停止され,反対にグルコースは肝臓に取り込まれる。また筋肉や脂肪組織でも血中からのグルコースの取込みが促進され,やがて血糖は元のレベルに戻る。
100gのグルコースを正常人が早朝空腹時に経口摂取すると(ブドウ糖経口負荷試験),食後3時間までに,前述の脳,赤血球等の取り分25gのほかに,60gが肝臓に取り込まれ,残り15gが筋肉や脂肪組織に受け取られる。この際の血糖値の経時的変化を示す曲線を糖忍容力曲線と呼ぶが,糖尿病では正常人よりインシュリン分泌が低下するので,低下するにつれて曲線がより高位を占める傾向を示し,糖尿病,肥満,肝臓障害等で標的細胞でのインシュリンの作用が現れにくくなると(インシュリン抵抗性),組織内に取り込まれずに血中に残存するグルコースが蓄積して,いつまでも高値をとるようになる。
グルコースは正常では尿中にはほとんど排出されない。循環血中のグルコースはいったん他の老廃物といっしょに腎糸球体でろ(濾)過された後,近位尿細管で再び血中にくみ上げられる。糸球体ろ過液中のグルコースは血漿中と同じ濃度で存在する。正常人の糸球体ろ過液の通過速度は平均1分間127mlで,1日のろ過液量は183lとなる。血中グルコース濃度は100mg/100ml前後であるから,糸球体を通過する1日のグルコース量は約180gである。しかるにグルコースは尿中にはほとんど出ないのであるから,尿細管のグルコース再吸収能はきわめて優秀である。しかし血漿グルコース濃度を上昇させていくと,やがてある濃度を超えると急に尿中に相当量のグルコースが排出される。この臨界の血漿グルコース濃度を腎臓のグルコース排出閾(いき)と呼ぶ。個人差もあるが,だいたい血糖が160mg/100mlを超えると尿糖が出現しはじめ,血糖が上昇するに比例して排出量も多くなる。この機能も血糖が一定以上に高くなることを防ぐ制御機構の一端といえよう。腎臓障害があったり,脱水が顕著で,糸球体ろ過量が減少したりして,この機構が働かなくなると,異常な高血糖が現れて昏睡におちいる(高浸透圧性昏睡)。血糖がこのように正常時に調節されている変動幅を超えて上昇または下降した場合は病的状態である。前者を高血糖,後者を低血糖と呼ぶ。
高血糖の代表的疾患が糖尿病である。早朝空腹時血糖が140mg/100mlを超えるか,いずれの時にとった血糖も170mg/100mlを超えているときは糖尿病と考えられる。糖尿病とは,強力な血糖降下作用を有する唯一のホルモンであるインシュリンの分泌不足ないしは標的細胞での作用不全に基づく代謝異常をいうが,代謝異常の最も端的な現れが高血糖だからである。
低血糖は通常インシュリンや経口血糖降下剤を用いていなければ生じない。自然に血糖が60mg/100ml以下となれば,インシュリン分泌過剰か,血糖を上昇させる抗インシュリンホルモンの分泌低下が考えられる。インシュリン分泌過剰は自律性を欠いたランゲルハンス島β細胞の腫瘍(インシュリノーマinsulinoma)によることが多い。肝臓癌のあるものはインシュリン様活性物質を産生することがあるとの報告もある。抗インシュリンホルモンでは,下垂体副腎皮質系の障害であるアジソン病,シーハン病などにみられるコルチゾール不足の場合が多い。しかし日常最もよくみられる低血糖は,糖尿病患者におけるインシュリン注射の効き過ぎによる場合である。
→低血糖症 →糖尿病
執筆者:菊池 方利
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
基準値
110mg/dℓ未満(酵素法)
血糖とは
血液中に含まれているブドウ糖(グルコース)のこと。血糖は膵臓から分泌されるインスリンやグルカゴンと呼ばれるホルモン、甲状腺ホルモン、副腎皮質ホルモンなどによって調節され、一定の量に保たれている。
■糖尿病の判定基準
最初の検査で、
① 空腹時血糖値が126mg/dℓ以上
② 75gブドウ糖負荷試験(→参照)の2時間値が200mg/dℓ以上
③ 随時血糖値が200mg/dℓ以上のいずれかに該当すれば、〈糖尿病型〉と判定。さらに別の日に再検査して、①~③のいずれかで〈糖尿病型〉が再確認できれば「糖尿病」と確定診断される。
ただし、
・糖尿病の特徴的な症状(口渇、多飲、多尿、体重減少など)がある
・HbA1c値(→参照)が6.5%以上
・過去に〈糖尿病型〉を示した検査データがある
・確実な糖尿病性網膜症が認められる場合は、1回の検査で〈糖尿病型〉と判定されれば、「糖尿病」と診断される。
(日本糖尿病学会『科学的根拠に基づく糖尿病診療ガイドライン2013』より)
とくに糖尿病を調べる検査です。糖尿病が続くと、急性心筋梗塞や脳梗塞などをおこしやすくなるので、十分に注意してください。
糖尿病で上昇
血糖の検査は、糖尿病の疑いがあるとき、まず第一に行う検査です。
血糖を調節しているホルモンはいくつもありますが、とくに重要なのがインスリン(→参照)です。これは、食事によって血液中に増加したブドウ糖をグリコーゲン(血糖の補給、エネルギー源に使われる糖類)として組織に貯蔵し、血糖値を下げて一定に保つ働きをしています。
健康な人では、食後でも血糖値が約170mg/dℓを超えることはありませんが、何らかの原因でインスリンが減少したり、インスリンが作用できなくなると血糖値が上昇します。これが糖尿病です。
肥満に注意
血糖値は、糖尿病をはじめとする下に示した病気のほか、肥満、暴飲暴食、運動不足、ストレスなどの環境によっても上昇します。すなわち、これらが糖尿病の危険因子で、なかでも肥満が最も強い危険因子です。
前日の夜9時から絶食し、朝一番に空腹の状態で測定
この血糖の検査は、診断基準の①「早朝空腹時血糖値」のことで、酵素を用いた試薬によって分析します。前日の夜9時以降絶食し、朝一番に空腹の状態で測定します。
血糖値は、採血する血液で異なります。動脈や毛細血管での血糖値は静脈の場合よりも10~20mg/dℓ程度高値になります。このため、糖尿病の人が自己血糖管理に用いる簡易血糖測定器で血糖値をモニタリングする場合は、病院で測るときより高値になることを知っておく必要があります。
基準値は110mg/dℓ未満で、病態識別値(日本糖尿病学会正常型上限)です。
〈糖尿病型〉は再検査
最初の早朝空腹時血糖の値が126mg/dℓ以上の場合は〈糖尿病型〉と判定し、診断基準に従って糖尿病か否かを判定します。その結果、糖尿病と診断されれば、まずは医師の指導のもと、食事・運動療法(高蛋白・低カロリーの食事と適切な運動など)によって血糖値を下げる生活をするようにします。
〈境界型〉とは、〈糖尿病型〉にも〈正常型〉にも属さない群のことです。糖尿病になる危険性が高い状態として、3カ月に1回くらいの間隔で代謝状態を観察し、くわえてライフスタイルの改善を行い、糖尿病への進展の予防、糖尿病への移行の早期発見に努めます。
疑われるおもな病気などは
◆高値→糖尿病、膵疾患(膵炎、膵臓がん)、内分泌疾患(クッシング症候群、褐色細胞腫、甲状腺機能亢進症、グルカゴノーマなど)、肝疾患(肝硬変、慢性肝炎)、その他(妊娠、ストレス、過剰栄養、肥満など)
◆低値→膵疾患(インスリノーマ)、肝疾患(肝硬変、肝がん)、機能性低血糖(絶食、激しい運動、腎性糖尿など)、先天性代謝異常(糖原病、ガラクトース血症)
医師が使う一般用語
「けっとう」
出典 法研「四訂版 病院で受ける検査がわかる本」四訂版 病院で受ける検査がわかる本について 情報
血液中に含まれるグルコース(ブドウ糖)のことで、組織細胞に対して、エネルギーの補給をつかさどる重要な物質である。生体内において、血糖は血液中への糖の供給と消費のバランスを保ちながら、1デシリットル中70~90ミリグラムに維持されている。血液中への糖のおもな供給は、腸管からの吸収によって行われ、腸管から吸収されないときには肝臓からの糖の放出による。血液からの糖の消失は、各組織での糖の利用によっておこり、とくに筋肉内でのブドウ糖の消費は大量である。このように、生体内では絶えず糖の供給と消費がおこっており、これを一定に保っているのが血糖調節機構である。血糖調節に関与する主たる器官は肝臓であり、筋肉、脂肪組織、腎臓(じんぞう)などの役割も大きい。これらの臓器はホルモンや神経の支配を受けつつ多彩な条件下で血糖の調節を行っている。こうした血糖調節に関与するホルモンとしては、インスリン、グルカゴン、成長ホルモン、副腎皮質刺激ホルモン、副腎皮質ホルモン、カテコラミンが列挙されるが、これらホルモンのうち、インスリンのみが血糖降下に働き、他はすべて血糖上昇に働く。すなわち、生体は高血糖よりも低血糖に対する防御が強いということを示すものであり、したがってインスリンの不足は簡単に高血糖を招来することになる。神経系の関与は古くから実験的に指摘されてきたが、血糖調節全体にどの程度の影響を与えているかは明らかでない。迷走神経刺激によって膵臓(すいぞう)からのインスリン分泌が増加し、交感神経の興奮によって逆にインスリン分泌が抑制されることが確認されている。したがって、神経系による調節とホルモンによる液性調節とは互いに関連しあっているものと考えられている。そのほかに遊離脂肪酸も血糖調節に関与している。すなわち、遊離脂肪酸濃度の上昇によってインスリンの作用は拮抗(きっこう)され、濃度の低下によって協調される。両者の関係はブドウ糖・脂肪酸サイクルとよばれている。さらに運動や食事内容も血糖調節に関与するが、これらもインスリン、グルカゴンなどのホルモンとの関連が深い。血糖調節には種々の因子が影響しているが、主要なものは、調節の場としては肝臓、調節因子としてはホルモン、とくにインスリンである。
[川上正澄]
出典 株式会社平凡社百科事典マイペディアについて 情報
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
…血液中にはグルコース(ブドウ糖)が存在し,身体の主要なエネルギー源となっている。このグルコースを血糖というが,なんらかの原因でこの値が病的に低下した状態を低血糖症という。正常人では早朝空腹時の血糖値(血液中のブドウ糖濃度)は60~100mg/dl(静脈血)であり,食後数十mg/dl上昇し,しだいに消費されて再び元の定常状態にもどるのであるが,50mg/dl以下に低下すると飢餓感とともに,皮膚蒼白,脱力感,動悸,冷汗,手足の震えなどを起こし,ついには意識障害から昏睡状態となる。…
※「血糖」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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