食事療法は、糖尿病治療の基本です。不十分な食事療法のもとでの薬物に依存した治療では、肥満などを助長し、糖尿病の血管合併症を予防できません。逆に、しっかりとした食事療法と運動療法を行うと、診断されてまもない2型糖尿病のかなりの人は薬物療法の必要もなく、血糖値を良好にコントロールできます。
食事療法を実施すると、エネルギーの摂取量が減少するので、血糖値を下げるために必要なインスリンの量を減らすことができます。さらに、肥満も解消されてインスリンのはたらきをよくすることもできます。
食事療法の原則は、適正なエネルギー量とバランスのとれた栄養素配分です。糖尿病食は病人食ではなく健康食といえるものです。さらに、食事の回数・時間・配分エネルギーも重要で、なるべく3食均等に規則正しく摂食することが望ましい姿です。
とくに朝食を抜いてエネルギー制限を行うことは、昼食、夕食の摂取量が増加し、その後の血糖値上昇、肥満を招きやすいのでよくありません。また、早食いもよくありません。食べすぎにつながりやすく、血糖値も上がりやすいからです。よくかんでゆっくり食べましょう。
1日の適正なエネルギー量は、年齢、性別、肥満度、身体活動量、合併症の有無などを参考に決められます。
おおよそのエネルギー量は、患者さんの標準体重を算出し(肥満症を参照)、標準体重に身体活動量(表11)をかけて求めます。肥満の人や高齢者などは少なめに、成長期にある若年者などは多めにします。
通常、エネルギー量は、男性では1400~2000k㎈、女性では1200~1600k㎈の範囲となり、極端に少ないわけではありません。
栄養素の配分は、糖質(炭水化物)50~60%、たんぱく質20%以下、残りが脂質となります。この配分は、最近の日本食の配分とほぼ一致しており、そのため日本食は健康食として世界中から注目されています。
全栄養素の半分強を炭水化物からとります。糖尿病だからといって、炭水化物を極端に制限するわけではないことに注意してください。なお、2013年の日本糖尿病学会の提言では、減量目的に炭水化物を極端に制限することは、その効果や長期的な安全性に関するエビデンスが不足しており、現時点ではすすめられないとされています。
たんぱく質は、エネルギー量の20%までとします。腎障害のある人には、標準体重1kgあたり0.8g程度に制限することがすすめられています。
脂質はエネルギーが高いので、とりすぎに注意して、植物性の比率を多くします。また、脂質の種類により血糖値や血中脂質値に及ぼす影響に違いはありますが、エネルギー量は同じであることに注意してください。
食物繊維は、食べ物の消化吸収を遅らせたりするので血糖値、血中脂質値の上昇を改善させる効果があり、また便秘の改善にも有効ですから、多くとるようにします(野菜として300g以上が目標です)。
塩分は、過剰に摂取すると血圧を上昇させたりするので適量とし(1日男性8g未満、女性7g未満)、高血圧や腎障害のある人は6g未満にします。
適正な栄養バランスの食事療法を実践するためには、『糖尿病食事療法のための食品交換表』(日本糖尿病学会編、文光堂発行)を使用するのが便利です。
食品交換表では、食品を栄養素の含まれる割合により、大きく「表1」から「表6」に分類し、各食品の1単位(80k㎈)に相当する重量を示してあります(表12)。1日の摂取エネルギー量は単位で示されます。たとえば、指示エネルギー量が1600k㎈の場合は、1単位は80k㎈なので、1日20単位となります。食事の献立をつくるために、炭水化物の割合が60%、55%、50%の3段階に分けて配分例が示されています。食事に占める炭水化物の割合は、合併症の程度、肥満度、嗜好などにより、60%、55%、50%から主治医が選択します。食事療法を行う際は、「表1」から「表6」まで、それぞれ何単位をとるかが指示されます(表13)。
合計単位によって摂取エネルギーが守られ、その単位配分が適切であれば栄養素配分も適切になります。さらに、同じ表の食品は栄養成分が似ており、互いに交換できるので、バラエティー豊かな食事をすることが可能になります。ビタミン、ミネラル、食物繊維の摂取不足を防ぐためにも、「表6」の食品を中心として、できるだけ多くの食品をとることが望まれます。なお、表1と表2はどちらも栄養素のほとんどは炭水化物ですが、表1に含まれる炭水化物の多くは多糖類であるでんぷんであるのに対して、表2に含まれる炭水化物の半分以上は単糖類である果糖であり、残りは単糖類であるブドウ糖と二糖類である砂糖です。でんぷんのほうがブドウ糖や砂糖よりも血糖は上がりにくく、果糖よりも中性脂肪になりにくいのです。そのため、主食としての炭水化物は表1の食品から摂取します。
実際に食事療法を実践するためには、糖尿病教室を受講したり、病院での栄養指導を受けて、自宅で実際に食品を計量することが大切です。計量を繰り返すうちに目安量がわかってきます。
最近は、外食やファストフード、あるいはコンビニエンスストア、スーパーなどの弁当・総菜(
一般的に外食や中食はエネルギーが高く、脂質、炭水化物が過剰で野菜が足りない傾向にあるので、一部を食べ残してサラダを追加するなどの工夫が大切です。サラダには、エネルギーが高いマヨネーズや油を使ったドレッシングはつけないようにします。
お菓子、ジャム、清涼飲料水、缶コーヒー、スポーツドリンクなどは砂糖や果糖ブドウ糖液糖(果糖とブドウ糖の混合液)を多く含み、血糖値や中性脂肪値が上昇するのでとらないようにします。せんべいなど、甘くないお菓子でも炭水化物が多いので注意しましょう。なお、「低カロリー(カロリーオフ、カロリーライト、カロリーひかえめなどと表示)」「低糖(微糖、糖分カットなどと表示)」として市販されている飲料は100mlあたり、それぞれエネルギー量20k㎈以下、糖質2.5g以下が表示基準であるため、大量にとれば摂取エネルギーが増し、血糖値が上昇することに注意してください。
果物はビタミン、ミネラル、食物繊維の補給によいのですが、とりすぎると含まれる果糖などにより中性脂肪が増加し肥満や脂肪肝の原因となるとともに、血糖値が上昇するので、1日に1単位程度(80k㎈)とします。
代用甘味料は、どうしても甘いものがほしい時に使用しますが、甘いものをとるという習慣を助長するので少量にとどめておいたほうがよいでしょう。また、代用甘味料の過剰摂取は、腸内細菌叢のバランスをくずし、糖尿病の悪化や肥満をまねくことも報告されています。
空腹感が強い場合は、コンニャク、ところてん、海藻、昆布、タケノコ、キノコ類など、低カロリーの食品をとるとよいでしょう。
アルコール飲料は、つまみの摂取やアルコールによる食欲亢進作用によって食事療法が乱れる原因になるだけでなく、肥満、脂質異常症、肝障害、
また、蒸留酒である
消費者の健康志向の高まりに伴い、健康食品の市場が拡大しています。糖尿病に関してもさまざまな「いわゆる健康食品」がその効果を
特定保健用食品(通称トクホ)は「いわゆる健康食品」とは異なり、その有効性・安全性が消費者庁により認可された食品です。糖尿病の患者さんにとって気になりそうな「食後の血糖値の上昇を緩やかにする」などと「血糖値」に言及するトクホも少なくありません。しかしながら、トクホは糖尿病の患者さんを利用対象者としておらず、その効果もかなり限定的であり、一般的に高価であることなどにも注意する必要があります。
また、栄養機能食品はビタミンやミネラルなどが対象で、含有量など国の規格基準を満たせば審査や届け出は必要なく、「カルシウムは、骨や歯の形成に必要な栄養素です」など、あらかじめ決められた健康効果を表示できます。3つ目の保健機能食品として、2015年4月に始まった制度にもとづく機能性表示食品は、科学的根拠を示した研究論文などを添えて消費者庁に届け出れば、国の審査なしで「内臓脂肪を減らす」など具体的な体の部位を挙げて健康効果を表示でき、トクホより申請の敷居が低いものの栄養機能食品より表示の自由度が増している食品です。
健康食品・トクホなどに関しては消費者庁(http://www.caa.go.jp)や独立行政法人国立健康・栄養研究所のホームページ(http://hfnet.nih.go.jp/)にあるサイトも参照してください。
出典 法研「六訂版 家庭医学大全科」六訂版 家庭医学大全科について 情報
出典 内科学 第10版内科学 第10版について 情報
病人に適した一定の食品構成をもつ食事を与えて病気の経過をよくし、治療の目的を果たす療法をいう。食事療法の概念は宗教的・経験的なものから出発して実証的研究段階に入って体系づけられ、病態生理学や病態生化学の進歩に伴い医学としての病態栄養学の形をとるようになった。日本では、東京大学の佐々廉平(さっされんぺい)(1882―1979)がヨーロッパ留学の知識を用いて食事療法の先鞭(せんべん)をつけ、ついで慶応義塾大学の大森憲太(1889―1973)が医学部内に食養研究所を設けて食養学の講義を行い、先駆者となった。その後も一般に食事療法は軽視される傾向にあったが、疾患を生化学面から詳細に観察できるようになって、代謝の源泉となる食事の重要性が認識され、薬物療法や理学療法とも関連したたいせつな療法の一つとして位置づけられた。
食事療法は、まず医師が病人に適した食事の内容を指示する食事箋(せん)を作成し、これに基づいて栄養士が献立をつくり、病院や家庭で実施される。対象となる代表的疾患には、代謝異常の糖尿病をはじめ、高血圧および動脈硬化症、腎臓(じんぞう)病、肝臓および膵臓(すいぞう)疾患、胃腸病、痛風、心臓病、貧血、偏食、肥満などがあり、老年者に対する食事指導も含まれる。病人は種々の理由から食事をとらなかったり食べさせられないことも多く、病気によっては食事の量や質を制限する必要もある。したがって、病態をよく調べてその代謝異常に適した食事の内容を決めるとともに、食欲や嗜好(しこう)に適合した食事をつくる必要があり、しかも栄養学的にバランスのとれたものにしなければならない。これらは食事療法の基本とされる。なお、病人が食べ残したものもチェックする必要があり、ときには非経口的に栄養を補給することもある。
食事療法の内容は、不足した栄養素を補強するいわゆる栄養食と庇護(ひご)食に大別できる。栄養食は適量のエネルギーおよびタンパク質を含んでおり、積極的に栄養をよくして病気を治す目的をもつ。庇護食は解剖的あるいは機能的に障害された臓器などに安静を与えてその回復を待つものである。原則的には、庇護食を病気の急性期に与え、栄養食は回復期あるいは慢性期に与える。また、病人食は一般食と特別食に大別され、一般食はさらに流動食、粥(かゆ)食、常食に細分される。流動食には、重湯、スープ、飴湯(あめゆ)(水飴を湯に溶かしたもの)、牛乳、果汁、葛湯(くずゆ)などが用いられ、急性の消化器疾患、急性伝染病などの熱性疾患、外科手術後など消化吸収機能の衰えている場合や、脳卒中などによる嚥下(えんげ)障害のある場合に与えられる。粥食は三分粥、五分粥、七分粥、全粥に分けられ、流動食時の症状が軽快して食欲や消化吸収機能が回復してきた病人や口腔(こうくう)疾患などに対して与えられる。常食は回復期の病人に与えられる。また、特別食は直接治療効果を図るための食事で、一定の栄養素を制限したり多量に与えたりする。対象とする疾患によって糖尿病食、高血圧食、腎臓病食、痛風食などとよばれる。
食事療法は、病態生理の解明や薬物療法の進歩に伴ってずいぶん変わってきた。たとえば糖尿病の場合、かつては糖質をまったくとらせずに尿糖が出なければすこしずつ糖質を与え、どのくらいの糖に耐えられるか観察したり、カロリーはタンパク質よりおもに脂質からとるように指導していたが、糖尿病の代謝異常が解明された現在ではそんな食事療法はむしろ有害とされ、1日の総カロリーを決めてそれを糖質、タンパク質、脂質に配分するようになった。また肝臓病の場合も、かつては肝臓に負担をかけない庇護食とし、総カロリーの大半を糖質にしてタンパク質と脂質を制限し、少量ずつ回数を増やして与える方法をとってきたが、現在では慢性の肝障害には高タンパク、高カロリーが強調され、肝機能障害に応じてタンパク質とカロリーが決められるようになった。
[柳下徳雄]
『浅野誠一他編『食事療法事典』第5版(1980・同文書院)』▽『織田敏次他著『食事療法シリーズ1 食事療法の基礎知識』(1984・同文書院)』▽『芦川修弐・古畑公編著『やさしい食事療法入門――貧血から生活習慣病まで』(2002・調理栄養教育公社)』▽『中村丁次編著『栄養食事療法必携』第3版(2005・医歯薬出版)』▽『本田佳子編『臨床栄養学 食事療法の実習』第6版(2006・医歯薬出版)』▽『上田隆史・河村剛史・佐藤祐造編『臨床栄養学 病態・食事療法編』(2006・培風館)』
病人に一定の食事を与え,それによって治療の目的を果たし,また病気の経過をよくするために行う療法。病人に与える食事を病人食といい,とくに治療を目的としたものを治療食という。食事療法を行うにあたっては,医師が食事箋を作成し,これに基づいて栄養士が献立をつくって,家庭や病院で実施される。食事療法全般については,(1)消化吸収が容易であること,(2)患者の嗜好に注意して調理し,あきがこないようにすること,(3)栄養素が不足しないように食品を選ぶこと,(4)病状によって,適切な量を配慮すること,(5)調理にあたってはとくに衛生に気をつけること,などの点に注意することがたいせつである。
食事療法は一般食事療法と特殊食事療法に大別される。
栄養の維持,増進を図ることによって,間接的に治療に役立てる方法で,食事の種類は流動食,粥(かゆ)食,常食に大別される。流動食は,熱性疾患や急性消化器疾患で消化吸収力が弱まっているとき,脳卒中などで嚥下障害があるときなどの患者に与えられる。粥食は,流動食時の症状が軽快して,食欲や消化吸収の条件が回復した患者に,また常食は回復期の患者に与えられる。
一定の疾患に対して,特別の食事によって直接治療効果を図る方法。対象とする疾患によって,糖尿病食,高血圧食,腎臓病食などの名で呼ばれる。食事の内容は,対象とする疾患や,その重症度によって異なる。たとえば,糖尿病では総カロリー量の制限が中心になるのに対して,高血圧では食塩の制限,さらに腎不全では食塩とタンパク質の制限が基本となる。これらの特殊食事療法では,症状の程度に合わせて,総カロリー量,栄養素,塩分などの摂取量が細かく規定されていることが多い。
執筆者:佐藤 祥之
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