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小劇場運動 しょうげきじょううんどう little theatre movement

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

小劇場運動
しょうげきじょううんどう
little theatre movement

大劇場における企業としての演劇に対し,小劇場における芸術としての演劇の創造を目的とした運動。 19世紀末の A.アントアーヌ自由劇場に始り,20世紀初頭にかけて各国で盛んになった。自由劇場運動,あるいは芸術劇場運動とも呼ばれる

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デジタル大辞泉の解説

しょうげきじょう‐うんどう〔セウゲキヂヤウ‐〕【小劇場運動】

19世紀末から20世紀初めに起こった演劇運動。多く小劇場により、演劇を商業主義から解放し、演劇本来の芸術性の確立を目ざした。1960年代にも盛行。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

小劇場運動
しょうげきじょううんどう

本来は19世紀ヨーロッパの小劇場主体の演劇革新運動をさし、近代劇や自由劇場運動などとほとんど同義に用いられるが、今日では第二次世界大戦後における既成の演劇体制に対立する新しい演劇世代の上演活動をいうことが多く、アンダーグラウンド(地下)演劇(通称アングラ劇)、前衛劇などと同義に用いられることが多い。
 19世紀に入って全ヨーロッパで盛んになった大劇場は、いわゆるウェルメイド・プレイ(よくできたお芝居)と人気俳優中心のスター・システムによる営利的な興行形態を特色とし、風俗劇が主流を占めていた。これに対して、近代思想の洗礼を受け、生活の真実の表現を目ざすイプセン、ストリンドベリなどの近代戯曲は、必然的に小劇場の緻密(ちみつ)な空間における自然な演技・演出を必要とした。こうしてフランスのアントアーヌを先駆とする一連の自由劇場運動は、少数の会員による小劇場での上演を原則として、舞台全体のアンサンブルを重視する新しい様式を生み出した。ストリンドベリの「親和劇場(インティマ・テアテルン)」、ラインハルトの「室内劇場(カンマーシュピーレ)」なども、この運動の一端にほかならない。日本の新劇運動の本格的展開を準備した築地(つきじ)小劇場(座席400、改築後500)は、これらの影響を多分に受けている。
 小劇場運動が世界的に新たな展開をみせたのは、第二次大戦後の1960年に入ってからである。とくにアメリカのオフ・オフ・ブロードウェーを中心とするアンダーグラウンド演劇をはじめとして、実験的な小劇場(スタジオ)公演の波がヨーロッパ各国にも波及し、それまでの前衛としての小劇場演劇をも既成演劇の枠内に押し込めてしまう勢いを示した。日本においても60年代後半から変身、発見の会、状況劇場(赤テント)、早稲田(わせだ)小劇場(現SCOT(スコット))、アンダーグラウンド自由劇場(後の黒テント68/71)、天井桟敷(さじき)、現代人劇場(後の桜社)などが輩出した。これらの多くは、自前のスタジオ、テント、映画館などを拠点にして公演活動を続け、寺山修司、清水邦夫(くにお)、別役(べつやく)実、唐十郎(からじゅうろう)、佐藤信(まこと)、蜷川幸雄(にながわゆきお)、鈴木忠志(ただし)、大田省吾(しょうご)らが活躍。70年代以後は情勢の変化もあって運動体としての力は弱まったが第二、第三の世代がこれに続き、つかこうへい、山崎哲(てつ)、野田秀樹(ひでき)、竹内銃一郎(じゅういちろう)、北村想(そう)、岸田理生(りお)など新世代の演劇によって「脱アングラ」を目ざし多様を極めている。また、如月小春(きさらぎこはる)、渡辺えり子、木野花(きのはな)などの女性陣の活躍もこの期の大きな特色である。[大島 勉]
『菅孝行著『解体する演劇』(1974・アディン書房) ▽扇田昭彦編『劇的ルネッサンス――現代演劇は語る』(1983・リブロポート) ▽扇田昭彦著『日本の現代演劇』(岩波新書) ▽大笹吉雄著『現代日本演劇史』(1999、6巻まで刊行・白水社) ▽佐伯隆幸著『現代演劇の起源――60年代演劇的精神史』(1999・れんが書房新社)』

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世界大百科事典内の小劇場運動の言及

【観客参加】より

…ところが1960年代ころから,文化全般に共同体再発見の機運が高まり,演劇でも観客本来の役割が再認識され,〈観客参加〉の呼声とともに前衛的な試みが盛んとなる。具体的には,ブレヒトがとくに教育劇などで試みた先駆的意味なども顧みられ,舞台と客席の溝を埋めるオープン・ステージ方式の上演(幕の排除,張り出した舞台,演者の客席への語りかけや出入りなど)や,両者の交流を緊密にする小劇場運動,街頭演劇などの出現がある。さらに,観客の側の受動的な反応にあきたらず,例えばアメリカの劇団リビング・シアターの《パラダイス・ナウ》(1968)のように,観客を演技領域に誘い込むことで肉体的参加をも引き出そうとする上演も,しばしば行われるようになった。…

【近代劇】より

…E.G.オニールのいくつかの作品,第2次大戦後のサルトル,カミュ,A.ミラー,T.ウィリアムズらの作品は,そう呼ばれるにふさわしい問題性を秘めている。
[近代の小劇場運動]
 既成劇場では十全な舞台表現を与えられない過激なリアリズム劇を,それに適した方法で上演しようとしたのが19世紀終りの若い演劇人による小劇場運動であった。近代的な演出家の最初の人ともいわれるマイニンゲン公ゲオルク2世が率いる劇団の写実的な舞台に感銘を受けていたA.アントアーヌは,1887年にパリで素人俳優の集りのような〈自由劇場Théâtre Libre〉を結成し,新しい作家を世に送り出すとともにイプセンの《幽霊》や《野鴨》をフランスで初演し,トルストイの《闇の力》を世界初演(1888)した。…

【劇団】より

…中堅新劇団の青年座も1969年にけいこ場兼用の小劇場〈青年座劇場〉(東京渋谷)を持った。1960年代末の小劇場運動は,いわゆる大学闘争期と重なり合い,その担い手たちには学生演劇の活動家たちも多く含まれていた。そしてこれら小劇団の,既成劇団に対する異議申し立て的な活動は,近代写実劇からの脱皮を既成劇団に促す効果をももたらした。…

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