劇作家、演出家、小説家。本名金峰雄。在日韓国人二世として昭和23年4月、福岡県飯塚(いいづか)市に生まれる。慶応義塾大学文学部哲学科を中退するが、在学中に学生劇団に参加して演劇活動を開始、1971年(昭和46)に初戯曲『赤いベレー帽をあなたに』を上演した。1972年から早稲田(わせだ)大学系の劇団「暫(しばらく)」に『郵便屋さんちょっと』ほかを書き下ろして上演、1973年に「暫」と「つかこうへい事務所」の提携公演として『初級革命講座・飛龍伝』を初演した。同年文学座のアトリエ(文学座の稽古(けいこ)場兼小劇場で、座員の技能向上の場)が、藤原新平(しんぺい)(1928―2023)演出で『熱海殺人事件(あたみさつじんじけん)』(岸田国士(くにお)戯曲賞受賞)を初演、1976年につかの演出で「つかこうへい事務所」が同戯曲を新宿の紀伊國屋(きのくにや)ホールで上演したときからつかブームに火がつき、たちまち当代一の人気劇作家になる。と同時に、たてまえと本音を使い分ける日本人の習性を攻撃的な笑いにまぶし、何の装置もない空間で俳優の魅力を最大限に引き出すつかの芝居づくりが、後続世代に大きな影響を与えた。ブームのさなかの1982年1月に小説『蒲田行進曲(かまたこうしんきょく)』が直木賞を受賞、その舞台版を同年9月に初演すると「つかこうへい事務所」を解散し、小説に専念するとして演劇活動から手を引いた。1989年(平成1)に「演劇集団円(えん)」の女優岸田今日子(1930―2006)に『今日子』を書き下ろして劇界に復帰、1995年には「北区つかこうへい劇団」を藤本聡(1967― )演出の『つか版・北区お笑い忠臣蔵』で旗揚げした。また、1996年には「大分市つかこうへい劇団」を『売春捜査官』(作・演出)で立ち上げたが、この劇団はその4年後に解散した。1997年に新国立劇場の開場記念公演の一つとして『銀ちゃんが逝(ゆ)く・蒲田行進曲完結編』(作・演出)を上演した。その後は新作より旧作の改作・上演を専一にするようになっていった。2007年には紫綬褒章(しじゅほうしょう)を受章。
[大笹吉雄]
『『定本・熱海殺人事件』(1981・角川書店)』▽『『つかこうへい戯曲シナリオ作品集』1~4(1987~1996・白水社)』▽『『飛龍伝'90 殺戮の秋』(1990・白水社)』▽『『飛龍伝 ある機動隊員の愛の記録』(1992・白水社)』▽『『つかこうへい傑作選』1~7(1994~1996・メディアファクトリー)』▽『『銀ちゃんが逝く――蒲田行進曲完結編』(1995・メディアファクトリー)』▽『『売春捜査官――熱海殺人事件』(1996・メディアファクトリー)』▽『『飛龍伝 神林美智子の生涯』(1997・集英社)』▽『『つかこうへい'98戯曲集』(1998・三一書房)』▽『『つかこうへいによるつかこうへいの世界』(角川文庫)』▽『『蒲田行進曲』(光文社文庫)』▽『『つか版・忠臣蔵』(角川文庫)』
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