小曾部村(読み)こそぶむら

日本歴史地名大系 「小曾部村」の解説

小曾部村
こそぶむら

[現在地名]塩尻市大字洗馬 小曾部

小曾部川の流域に南北約八キロにわたって帯状に散在する谷底の村。東側と西側に山脈が並立し、北側は平野部に面する。集落のある場所は標高八〇〇―九〇〇メートル台である。

中世までは洗馬庄に属した。長享二年(一四八八)の下社造宮帳に古祖父(こそぶ)とあるのが文献上の初出であるが、初期の開発は洗馬牧の牧司忠明にかかわりのあるものと思われる。承久の乱(一二二一)以降天文二四年(一五五五)までは洗馬庄の地頭三村氏の支配下に属した。その後、武田氏や松本藩の支配を経て、元和四年(一六一八)高遠領となり明治維新を迎えた。

元禄三年(一六九〇)高遠領総検地の結果村高三四七石余。


小曾部村
こそぶむら

[現在地名]不知火町小曾部

東は柏原(かしわばら)村、西は浦上(うらがみ)村、北は伊牟田(いむた)村(現宇土市)に接する。東北は平坦、西南は高燥地である。村の中央に西園(にしぞの)、北東に中園(なかぞの)、北に沖田(おきだ)、西に中請(なかうけ)、南西に道迫(どうざこ)、北西に西請(にしうけ)などの字地がみえる(郡村誌)。慶長国絵図に村名がみえ、近世は松山手永に属した。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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