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少弐経資 しょうに つねすけ

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

少弐経資 しょうに-つねすけ

1229-1292 鎌倉時代の武将。
寛喜(かんぎ)元年生まれ。少弐資能(すけよし)の子。筑前(ちくぜん),豊前(ぶぜん),肥前,壱岐(いき),対馬(つしま)の守護で,大宰(だざいの)少弐をつとめる。蒙古(もうこ)襲来(元寇(げんこう))では諸軍をひきいてたたかい,戦後処理にもあたる。弘安8年岩門(いわと)合戦では弟景資(かげすけ)をほろぼした。正応(しょうおう)5年8月2日死去。64歳。法名は浄恵。

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朝日日本歴史人物事典の解説

少弐経資

没年:正応5.8.2(1292.9.14)
生年:寛喜1(1229)
鎌倉中期の武将。筑前,筑後,豊前,肥前,対馬,壱岐各国守護。資能の子。筑後守。文永12(1275)年に大宰少弐に就任。大友頼泰と共に鎮西御家人を指揮して異国警固番役を勤仕し,文永・弘安の役(1274・1281)には軍事最高責任者として防戦に活躍した。弘安9(1286)年鎮西特殊合議制訴訟機関の頭人,鎮西談議所頭人として訴訟,モンゴル合戦恩賞地配分に当たっている。岩門合戦(1285)では弟の景資を誅伐鎮圧した。北条氏得宗専制が強化されるなかで,筑後,豊前,肥前各国守護を北条氏一族に奪われた。法名浄恵。<参考文献>川添昭二『九州中世史の研究』

(瀬野精一郎)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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世界大百科事典 第2版の解説

しょうにつねすけ【少弐経資】

1226‐89(嘉禄2‐正応2)
鎌倉時代の武将。資能の嫡子。大宰少弐・大宰府執行職。モンゴル襲来に際して活躍。筑前・豊前・肥前・壱岐・対馬国(いわゆる三前二島)守護。またモンゴル襲来期に一時は肥後・筑後守護となるが,間もなく肥後は安達氏に,筑後は宇都宮氏に,さらに豊前・肥前守護職は北条氏一門の手に移った。鎮西談議所頭人となる。1285年(弘安8),岩門合戦で弟景資を破った。【山口 隼正】

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

少弐経資
しょうにつねすけ
(1226―1289)

鎌倉時代の武将。資能(すけよし)の嫡子。法名浄恵(じょうえ)。大宰(だざい)少弐・大宰府執行職(しぎょうしき)。蒙古(もうこ)襲来に際して活躍。筑前(ちくぜん)・豊前(ぶぜん)・肥前(ひぜん)・壱岐(いき)・対馬(つしま)国(いわゆる三前二島)の守護。また蒙古襲来期に一時は肥後(ひご)・筑後(ちくご)の守護ともなるが、まもなく肥後は安達(あだち)氏、筑後は宇都宮(うつのみや)氏、さらに豊前・肥前守護職は北条(ほうじょう)氏一門の手に移った。1285年(弘安8)弟景資(かげすけ)を岩門(いわと)合戦で破る。この合戦は現在の福岡県筑紫(ちくし)郡那珂川(なかがわ)町で戦われたが、霜月(しもつき)騒動の九州版ともいうべきもので、景資側に安達泰盛(やすもり)の子息盛宗(もりむね)(肥後(ひご)守護代)が荷担していた。しかし合戦の結果は、少弐経資の勝利となり、景資・盛宗側の所領はほとんど没収されたため、北条氏の恩賞地配分にとって絶好の機会となり、得宗専制はいよいよ強化された。翌86年、幕府は博多(はかた)に鎮西談議所(ちんぜいだんぎしょ)を設置し、大友頼泰(よりやす)・宇都宮通房(みちふさ)らとともに、経資は頭人となった。[山口隼正]

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世界大百科事典内の少弐経資の言及

【少弐景資】より

…鎌倉後期の武将。資能の子。通称三郎左衛門。豊前守。本拠は筑前国那珂東郷岩門。所領には同国志登社地頭職,肥前国那久野村地頭職,肥後国永吉荘預所職等がある。モンゴル襲来では前線司令官として活躍。1285年,兄経資から家督を奪おうとして,本拠で岩門合戦を起こしたが,敗れて自殺。景資の所領はモンゴル合戦の勲功賞として利用され,諸氏に配分された。【山口 隼正】…

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