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鎮西談議所 ちんぜいだんぎしょ

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大辞林 第三版の解説

ちんぜいだんぎしょ【鎮西談議所】

鎌倉幕府が九州統轄のため設置した機関。1286年少弐・大友・宇都宮・渋谷の四氏による合議訴訟機関とし、博多に置いた。93年鎮西探題の設置により廃止。

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(C) Sanseido Co.,Ltd. 編者:松村明 編 発行者:株式会社 三省堂 ※ 書籍版『大辞林第三版』の図表・付録は収録させておりません。 ※ それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

世界大百科事典 第2版の解説

ちんぜいだんぎしょ【鎮西談議所】

1286年(弘安9)7月,モンゴル襲来後の九州社会情勢の変化に対処するため,鎌倉幕府が博多に設置した九州の訴訟審理機関。当初は武藤経資大友頼泰宇都宮通房,渋谷重郷(しげさと)の4人頭人(とうにん)で構成されたが,のちに前2者がそれぞれ子息の盛経,親時にかわった。幕府からは九州における裁断権をゆだねられていた。しかし,裁断を行った裁許状は残っておらず,実際には問状(といじよう)・召文(めしぶみ)発給などの訴訟審理手続および幕府への執進・注進にあたっており,訴訟準備機関的性格が強かった。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

鎮西談議所
ちんぜいだんぎしょ

モンゴル襲来後の1286年(弘安9)、鎌倉幕府が筑前国博多に鎮西統治及び鎮西御家人の訴訟処理のため設置した機関。その頭人(とうにん)の大友頼泰(おおともよりやす)、少弐経資(しょうにつねすけ)、宇都宮通房(うつのみやみちふさ)、渋谷重郷(しぶやしげさと)の4人の合議によって決定がなされていたが、のちには頼泰、経資の権限が強くなり、1291年(正応4)には、それぞれの子である大友親時(ちかとき)、少弐盛資(もりすけ)に権限が引き継がれている。北条兼時(ほうじょうかねとき)、北条時家が鎮西に下向して権限を行使していた時期も機能していたが、1296年(永仁4)、北条実政(さねまさ)が鎮西探題に就任すると、頭人は鎮西引付衆(ひきつけしゅう)に補任(ぶにん)されたことによって、その機能は吸収され消滅した。[瀬野精一郎]
『川添昭二著『鎮西談議所』(『九州文化史研究所紀要18』所収・1973) ▽瀬野精一郎著『鎮西御家人の研究』(1975・古川弘文館)』

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ) この辞書の凡例を見る
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