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山内溥 やまうちひろし

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知恵蔵miniの解説

山内溥

実業家。任天堂株式会社中興の祖」として有名。1927年11月7日、任天堂創業者・山内房治郎の曾孫として、京都市に生まれる。早稲田大学専門部法律科在学中の47年より株式会社丸福かるた販売(現任天堂)の取締役に就任し、49年、同大学を中退し22歳にして同社代表取締役となる。53年、プラスチックトランプを開発し、「ディズニートランプ」を販売、大ヒットとなる。60年代より多角化の道を探り続けたが失敗、倒産の危機に陥る。70年には「光線銃SP」がヒットし、電気関係の玩具メーカーとして再出発。80年、家庭用携帯型ゲーム機ゲーム&ウオッチ」が大ヒット。83年、「ファミリーコンピュータ」を発売し、テレビゲームの代名詞的存在となった。92年には米国大リーグ球団シアトル・マリナーズの経営危機に際し株式を購入、大リーグ史上初の非白人オーナーとなっている。2002年、取締役相談役に就任。13年9月19日、肺炎のため死去。享年85。

(2013-9-24)

出典|朝日新聞出版
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デジタル大辞泉の解説

やまうち‐ひろし【山内溥】

[1927~2013]実業家。京都の生まれ。昭和24年(1949)家業の花札・カルタ製造販売業、丸福の社長に就任。昭和38年(1963)社名を任天堂に変更し、室内用ゲーム機の製造販売を開始。昭和58年(1983)発売のファミリーコンピュータ以降、多くの後継ゲーム機を発売し、世界的なゲーム機メーカーとしての地位を確立した。

出典|小学館
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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

山内溥 やまうち-ひろし

1927-2013 昭和後期-平成時代の経営者。
昭和2年11月7日生まれ。昭和25年トランプ,花札製造の丸福(任天堂骨牌(かるた)の前身)をつぐ。38年社名を任天堂と改称し,室内ゲーム機の生産をはじめる。58年ファミコン(ファミリーコンピューター),平成2年スーパーファミコンなどをヒットさせ,同社を急成長させた。4年米大リーグシアトル・マリナーズのオーナーとなる。14-17年取締役相談役。平成25年9月19日死去。85歳。京都府出身。早大卒。

出典|講談社
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