明治時代の仏教学者。周防(すおう)(山口県)徳山藩の人。文政(ぶんせい)10年12月28日生まれ。幼名は円真、如縄道人(にょじょうどうにん)、暁華懺士(ぎょうかせんし)、懺翁(せんおう)道人、天心居士(てんしんこじ)、月竹(げっちく)道人などと称した。初め天台宗本山派修験道(しゅげんどう)教学院住職を務め、のち藩主の命により興譲館(こうじょうかん)の教授となる。1872年(明治5)教部省設置に際し大録(だいろく)に招かれてのち、内務省社寺局、内閣記録局などを歴任。この間、正確で携帯便利な蔵経開版を発願し、福田行誡(ふくだぎょうかい)らの協力を得て縮刷大蔵経(だいぞうきょう)を刊行した。また育児院の創設、聖徳太子の奉賛にも尽くした。明治40年9月2日示寂。
[金田諦応 2017年7月19日]
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...
7/28 化学辞典 第2版(森北出版)を更新
6/26 日本大百科全書(ニッポニカ)を更新
4/17 デジタル大辞泉プラスを更新
4/17 デジタル大辞泉を更新
2/17 日本大百科全書(ニッポニカ)を更新