嵐璃珏(読み)アラシ リカク

新撰 芸能人物事典 明治~平成 「嵐璃珏」の解説

嵐 璃珏(4代目)
アラシ リカク


職業
歌舞伎俳優

本名
大江 珏蔵

別名
初名=嵐 豊丸,前名=尾上 梅鶴,嵐 珏蔵(4代目),嵐 佳香,俳名=橘豊,佳香,雅号=橘 豊舎

屋号
豊島屋

生年月日
嘉永6年 12月24日

出生地
大坂(大阪府)

経歴
大坂の人形師の子で、2代目嵐璃珏の門人嵐豊丸と名乗り、安政6(1859)年に初舞台明治3年尾上松録の養子となり尾上梅鶴と名乗り、名題に昇進、7年嵐珏蔵と改める。20年4代目嵐璃珏襲名。関西歌舞伎の重鎮として立役・敵役老役を得意とした。

没年月日
大正7年 11月24日 (1918年)

家族
養子=嵐 璃珏(5代目)


嵐 璃珏(5代目)
アラシ リカク


職業
歌舞伎俳優

本名
大江 勝之助(オオエ カツノスケ)

経歴
明治36年、大阪道頓堀・弁天座の新派「不如帰」で漁師の子として初舞台。大正5年に5代目珏蔵を、昭和20年には5代目璃珏を襲名し、二枚目から上方風三枚目として活躍、のちには老け役で楽しませた。

没年月日
昭和55年 12月27日 (1980年)

出典 日外アソシエーツ「新撰 芸能人物事典 明治~平成」(2010年刊)新撰 芸能人物事典 明治~平成について 情報

20世紀日本人名事典 「嵐璃珏」の解説

嵐 璃珏(5代目)
アラシ リカク

明治〜昭和期の歌舞伎俳優



没年
昭和55(1980)年12月27日

本名
大江 勝之助(オオエ カツノスケ)

経歴
明治36年、大阪道頓堀・弁天座の新派「不如帰」で漁師の子として初舞台。大正5年に5代目珏蔵を、昭和20年には5代目璃珏を襲名し、二枚目から上方風の三枚目として活躍、のちには老け役として活躍した。

出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「嵐璃珏」の解説

嵐璃珏(2代) あらし-りかく

1812-1864 江戸時代後期の歌舞伎役者
文化9年生まれ。2代嵐吉三郎の門から2代嵐璃寛(初代嵐璃珏)の門にうつる。天保(てんぽう)2年2代璃珏を襲名。立役(たちやく)と女方をかね,怪談物と早変わりを得意とした。当たり役は「お染の七役(ななやく)」「皿屋敷」のお菊など。元治(げんじ)元年7月14日死去。53歳。大坂出身。初名は嵐市太郎。前名は嵐芳三郎(2代)。俳名は璃玉,佳香。屋号は豊島屋。

嵐璃珏(4代) あらし-りかく

1854*-1918 明治-大正時代の歌舞伎役者。
嘉永(かえい)6年12月24日生まれ。2代嵐璃珏の門弟。明治20年4代璃珏を襲名。時代物,世話物ともにこなし,敵役,老役(ふけやく)を得意とした。大正7年11月24日死去。66歳。大坂出身。本名は大江珏蔵。初名は嵐豊丸。前名は尾上梅鶴,嵐珏蔵(4代)。俳名は佳香。屋号は豊島屋。

嵐璃珏(3代) あらし-りかく

市川権十郎(いちかわ-ごんじゅうろう)

嵐璃珏(初代) あらし-りかく

嵐璃寛(あらし-りかん)(2代)

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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