川本治兵衛(読み)かわもと じへえ

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「川本治兵衛」の解説

川本治兵衛(2代) かわもと-じへえ

?-1866 江戸時代後期の陶工。
初代川本治兵衛の3男。加藤民吉にまなび,文政8年(1825)2代治兵衛をつぐ。釣焼きによる額面の製造,銅版焼き(青花転写法),瑠璃釉(るりゆう)など技術の工夫・改良につとめた。磁器の衝立(ついたて),門柱,風炉先屏風(びょうぶ)などを製作。慶応2年5月死去。尾張(おわり)(愛知県)出身。幼名は藤平。号は魁陶園,塐仙堂。

川本治兵衛(初代) かわもと-じへえ

?-? 江戸時代中期-後期の陶工。
尾張(おわり)(愛知県)瀬戸で農業に従事。明和7年(1770)瀬戸の経塚山に朝日,夕日の両窯を再興。のち窯大将源右衛門に柿色,瀬戸黒,黄瀬戸などの釉(ゆう)法を,加藤民吉に製磁法をまなんだ。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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