新撰 芸能人物事典 明治~平成 「川田正子」の解説
川田 正子
カワダ マサコ*
- 職業
- 歌手
- 専門
- ソプラノ,童謡
- 肩書
- 森の木児童合唱団主宰,川田正子音楽教室主宰
- 本名
- 渡辺 正子(ワタナベ マサコ)
- 生年月日
- 昭和9年 7月12日
- 出生地
- 東京都 港区
- 学歴
- 武蔵野音楽大学声楽科〔昭和30年〕卒
- 経歴
- 小学校2年の時、作曲家・海沼実が指導する児童合唱団・音羽ゆりかご会に入会。昭和17年少女歌手としてデビューし、18年「兵隊さんの汽車」で関東児童唱歌研究会児童コンクールに優勝。戦時下の疎開により多くの子どもたちが離れた東京に残り、毎日のようにラジオに出演、“空襲のない日はあっても、川田正子の歌声が聞こえなかった日はない”といわれた。終戦間もない20年末には、外地から引き揚げてくる復員兵を迎えるために作られた「里の秋」を歌い、大ヒットとなった。他にも「みかんの花咲く丘」や、NHKラジオ連続ドラマ「鐘の鳴る丘」の主題歌「とんがり帽子」などの曲で一世を風靡し、可憐ではつらつとした歌声が戦中・戦後の厳しい時代に生きる人々の心を和ませた。21年には戦後初めて「赤ちゃんのお耳」をレコーディング。22年変声期を迎え、13歳で第一線を退いた。その後、オペラ歌手を志して武蔵野音楽大学に進み、原信子らに師事。28〜53年音羽ゆりかご会で指導。35年から川田正子音楽教室を主宰。54年森の木児童合唱団を設立し、指導に当たった。妹の孝子、美智子も童謡歌手として活躍し、“川田三姉妹”として知られる。他の代表作に「叱られて」「お猿のかごや」「あの子はだあれ」などがある。著書に「童謡は心のふるさと」がある。
- 受賞
- 日本童謡賞(特別賞 第21回)〔平成3年〕,久留島武彦文化賞(個人賞 第39回)〔平成11年〕
- 没年月日
- 平成18年 1月22日 (2006年)
- 家族
- 夫=渡辺 一男(オリコミ社長),妹=川田 孝子(童謡歌手),川田 美智子(童謡歌手)
- 伝記
- 気分はいつも時遊人(じゆうじん)―花影の人びと 立石 一夫 著(発行元 ペップ出版 ’90発行)
出典 日外アソシエーツ「新撰 芸能人物事典 明治~平成」(2010年刊)新撰 芸能人物事典 明治~平成について 情報