都市の工業化が進むに伴い、その付近に生息していた一部のガに暗色の変異個体が増加した現象。工業黒化ともいう。19世紀後半イギリスのマンチェスターにおいて、本来は淡色のはねをもつオオシモフリエダシャクというガに、暗色のはねをした変異個体が急速に増加したことから発見された。同様の現象は、その後イギリスをはじめヨーロッパや北アメリカの各工業都市でもみいだされ、工業暗化を生じたとされるガ類は数百種にも上っている。日本ではまだ知られていない。
これらのガは、いずれも本来淡色のはねをしており、いずれも昼間は木の幹などにはねを開いて止まって休むという習性をもつ。田園地帯の地衣類が着生して白っぽくなった幹では、淡色のはねは隠蔽(いんぺい)色となり、小鳥などの捕食を受けにくいが、工業化が進み煤煙(ばいえん)の影響で地衣類が死滅し、黒ずんだ樹皮がむき出しになってしまうと、淡色のはねは目だつものになる。このような環境で、暗色のはねをもつ突然変異個体がたまたま生じると、淡色型より隠蔽効果に優れ、生存上有利となる。このことは実験的にも証明されており、工業地帯で暗化型が増加した主要な原因と考えられている。なお、オオシモフリエダシャクでは、暗化型は1個の顕性突然変異遺伝子の有無により生じることがわかっており、工業暗化は、突然変異と自然選択により進化が生じるという現代の進化理論の有力な証拠とされる。ただし暗色型の増加が隠蔽色としての効果だけによるものかどうかについては、現在も議論の余地が残されている。
[上田哲行]
工業黒化ともいわれる。工業化に伴い煤煙(ばいえん)などで環境が暗化するにつれ,昆虫の黒化型(暗化型)が増加する現象で,鱗翅(りんし)目の昆虫にその例が多い。イギリスでは19世紀末すでに多くの昆虫学者が気づいていたが,なぜ増加するかは明らかでなかった。1930年以後になってフォードE.B.FordやケトルウェルH.B.P.Kettlewellにより,工業化以前は黒化型遺伝子は突然変異としてひじょうに低い頻度でしか存在しなかったが,工業化で地衣に覆われた樹木の幹などが汚れるとそこに止まった黒化型は鳥に捕食されにくくなり,したがって自然淘汰に有利となり急激に増加したことを明らかにした。
よく知られた例としてオオシモフリエダシャクがあり,マンチェスターでは1848年には黒化型はきわめてまれであったが50年後の98年には集団の95%を占めるに至った。工業暗化はドイツのルール地方でも古くから起こっており,今日ヨーロッパ,カナダ,アメリカの工業地帯で100以上の例が知られている。工業暗化は短期間に遺伝子の置換が起こった目覚ましい例である。
執筆者:大西 近江
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
…枯葉に似た羽をもつコノハチョウや樹幹と同じ模様のヤガの仲間,小枝と見分けのつかないシャクトリムシなどは保護色の例である。また,イギリスでは産業革命以後,工場の煤煙(ばいえん)で木の幹が黒ずみ,このためそれまで樹幹の地衣類の模様に似ていたガの仲間がほとんど黒色の型に置き代わったという工業暗化の現象があるが,短期間に保護色の進化が見られた例として有名である。実験的にも,アゲハチョウの緑色と褐色のさなぎを,緑色や枯れた茶色の芝生の上に置いてニワトリに食べさせると,背景と同じ色のさなぎほど鳥に発見されにくいことが証明されている。…
…小進化の例としてまず挙げられるのは,同じ集団内に生じる遺伝的変化である。工業地帯におけるガの工業暗化型の増加,殺虫剤の使用にともなうハエやダニやシラミの薬剤抵抗性系統の出現などがその好例である。前者の例では煤煙(ばいえん)で汚れた環境内では,暗化型の方が鳥などの捕食者によって食われにくいことから有利になり,増加したらしい。…
※「工業暗化」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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