目次 分類と種類 生活史 益虫 害虫 環境指標としての利用 文化史 昆虫綱鱗翅目の中の一部。同じ鱗翅類 でもチョウ は,多くの人に愛され親しまれ,詩や歌にうたわれているが,ガは嫌われているばかりか,不気味な虫として恐れる人もいる。多くのガは夜行性で,灯火に飛来する性質をもつので,夏の夜,一家だんらんの食事中に家の中へ飛び込んできて,電灯の笠や壁にぶつかって,鱗粉が飛び散ったりすれば,決していい気分のものではない。またチョウに比べると胴が太く,鱗毛が密生している一部のガは,見ただけで嫌悪されるのも無理はない。
ガは一般に夜行性のものが大部分なので,色彩や斑紋がじみなものが多いが,一部は昼間活動し,チョウと同じように,昼間花みつや配偶者を求めて飛び回る。昔は鱗翅目を蝶亜目Rhopaloceraと蛾亜目Heteroceraに大別していたが,学問的な根拠はない。触角は,チョウでは棍棒状,ガではそうでない。静止するときは,チョウは翅を背面にたたむが,ガは広げたままであるなどといわれているが,ガと呼ばれているものの中にいろいろなタイプの種がいて,これらの区別はたいへんあいまいである。昼間飛ぶのがチョウbutterfly,夜活動するのがガmothと,違ったことばを使っているのは日本語や英語だが,ドイツ語では両者をいっしょにしたFalter (あるいはSchmetterlinge )という単語があり,チョウはTagfalter (昼のチョウ),ガはNachtfalter (夜のチョウ)と呼ぶし,フランス語ではpapillonといえばチョウを指し,papillon de nuitとすれば,ドイツ語と同じようにガの意味になる。
分類と種類 最近では,学問的に根拠のうすいチョウ類とガ類に大別する分類法は排除され,鱗翅目は次の2亜目に大別されている。すなわち前・後翅の脈相が似ていて,その数も10本かそれ以上ある原始的なグループ(コバネガ亜目 ,スイコバネガ亜目 ,コウモリガ亜目)と,後翅の脈相が異なり,8脈かそれ以下しかないグループ(単門亜目と二門亜目)である。コバネガ亜目にはコバネガ 科(日本産は9種,以下同じ)が,スイコバネガ亜目にはスイコバネガ科(4種),コウモリガ亜目にはコウモリガ 科(8種)が含まれる。単門亜目というのは雌の生殖器の開口部が一つで,モグリチビガ科 (5種),ヒラタモグリガ科(1種),マガリガ科 (30種),ツヤコガ科 (10種),ムモンハモグリガ科 (4種)が属する。いずれも微小なガばかりである。大部分の鱗翅類は,雌の生殖器の開口部が二つある二門亜目に含まれ,これを翅脈その他の特徴からさらに20近くの上科に分類する。その中で,セセリチョウ上科 (セセリチョウ科)とアゲハチョウ上科 (残りのチョウ全部)がチョウ,ほかはすべてガと呼ばれているものである。そして次のような科が日本に分布している。ボクトウガ 科(7種),ハマキガ 科(556種),ホソハマキガ科(40種),ミノガ 科(21種),ヒロズコガ科(33種),チビガ科(2種),ハモグリガ 科(19種),ホソガ 科(136種),コハモグリガ科 (5種),アトヒゲコガ科(12種),ヒカリバコガ科(2種),スガ 科(81種),メムシガ科(26種),ナガヒゲガ科(2種),ホソハマキモドキガ科(19種),ササベリガ科(2種),マイコガ科(2種),ホソマイコガ科(1種),ヒロハマキモドキガ科(2種),スカシバガ科(25種),ハマキモドキガ科(32種),ニセハマキガ科(1種),マルハキバガ科(57種),スヒロキバガ科(9種),ニセマイコガ科(10種),ヒロバキバガ科(1種),クサモグリガ科(4種),ツツミノガ科(26種),ネマルハキバガ科(2種),キヌバコガ科(2種),カザリバガ科(24種),ヒゲナガキバガ科(13種),キバガ科(75種),ニセキバガ科(1種),ニジュウシトリバガ科(3種),シンクイガ科(10種),マダラガ 科(28種),セミヤドリガ科 (2種),イラガ 科(26種),セセリモドキガ 科(3種),マドガ 科(24種),メイガ 科(600種),トリバガ 科(56種),カギバガ 科(30種),オオカギバガ科(2種),トガリバガ 科(38種),シャクガ 科(790種),ツバメガ科(4種),フタオガ 科(18種),アゲハモドキ ガ科(1種),イカリモンガ 科(2種),カレハガ 科(20種),オビガ科(1種),カイコガ科(5種),イボタガ 科(1種),ヤママユガ科(12種),スズメガ 科(70種),シャチホコガ 科(120種),ドクガ科(52種),ヒトリガ 科(107種),ヒトリモドキガ科(5種),コブガ科(39種),カノコガ 科(3種),ヤガ 科(1200種),トラガ科(6種)。以上のように,日本産のガは4500種にも達しているが,チョウの種数はその1/20くらいしかない。しかもガの場合は,まだ研究が不十分なので,将来発見されるべき種が多数残っていて,最終的には7000種に達するであろう。
生活史 ガ類は完全変態の昆虫で,卵→幼虫→さなぎ→成虫という生活環を営む。幼虫時代は,芋虫あるいは毛虫で,そしゃく口をもち,大部分の種が植物の葉を食べて成長する。何回か脱皮しながら老熟し,多くの場合繭をつくってその中で蛹化(ようか)する。
成虫は全身が鱗粉に覆われている。一つ一つの鱗粉は袋状になっており,その中にある色素によって多様な色彩や斑紋が現れる。また鱗粉にある条や隆起などによって光が分解したり,反射することによって変化に富んだ構造色が生ずる。一部のチョウやガに見られる美しい金属光沢は,鱗粉のひだや隆起が,光の投射角によって,太陽光線を青,緑,赤,紫に分解するために生ずる。白い色は,色素によるのではなく,種々の角度に傾斜した隆起があって,これに当たった光が散乱して生ずるのである。
幼虫の口器はそしゃく型だが,成虫になると,ごく一部の原始的なもの(コバネガ科)を除いて吸収型である。ストローのような吸収管はふだんは巻いていて,花みつ,樹液,水などを吸うときにのばされる。成虫になってから水もみつもとらないカイコその他一部のガでは,吸収管は退化し,完全に機能を欠いている。このようにまったく食餌をとらない成虫は,幼虫時代に蓄えたエネルギーによって,交尾や産卵という,成虫にとってもっともたいせつな仕事を成し遂げるのである。
昼飛性のチョウや一部のガが,かなり目だつはでな色彩や斑紋をしているのは,配偶行動において,同一種の雄が雌を視覚によってとらえるのに役だっている。この場合,翅の裏面はじみな色で,背面にたたんで静止したときは背景にとけ込んで敵が発見しにくいようになっているのがふつうである。しかし大部分のガは,翅を広げて樹皮や葉の裏に静止する。こういう夜間活動性のガは色彩斑紋がじみで,交尾のために雄が雌をさがすのは,眼ではなく,雌の発散する性誘引物質によることが多い。雄はこの物質(フェロモン )を触角によってとらえ,雌の存在を知ることができるのである。雌の翅が退化しまったく飛ぶことのできないミノガ科,シャクガ科,ドクガ科の一部でも,この誘引物質のおかげで雄は雌に達し,雌に受精卵を産ませることができる。
益虫 カイコは4000年以上前から中国で飼育され,繭からとられた絹糸で優れた絹織物がつくられ,今日でも世界で広く利用されている。幼虫に発達している絹糸腺は,唾液腺の変化したもので,すべてのガ類がもっているが,とくに人々が利用している糸は,カイコのほかにヤママユガ科のヤママユ,サクサン,テグスサンなどが知られている。ヤママユは飼い子に対して山子と呼ばれ,長野県の有明地方では,現在でも野外飼育されているし,ヤママユと中国原産のサクサンの雑種も糸をとる目的で利用されている。中国南部では,テグスサンの幼虫から絹糸腺を取り出し,これを精製してじょうぶな糸をつくり,おもに釣糸として利用していたが,今ではナイロンにとって代わられている。ガの積極的な利用としては,マダガスカル ,オーストラリア,南アメリカの一部の原住民が,幼虫,さなぎ,成虫を食用にするくらいなものであろう。
種の数が非常に多いガ類は,生態系において果たす役割も非常に大きい。食虫性の鳥やコウモリその他の獣類にとって,重要な食料源となっているので,ガが豊富にいるような環境は彼らにとって好つごうであるし,またこれらの鳥獣を食料としているさらに大型の食肉獣に生存の場を与えることにもなる。誤って水上に落下したガは,そこにすむ魚の餌となってしまう。山間のニジマスやコイの養魚池に誘蛾灯がつけてあるのは,夜間飛来したガが水面に落ちて魚の食料となることをねらったガの利用法の一つである。
ガの多くは花みつを吸うので,植物の花粉媒介に重要な役割を果たしている。大部分が夜行性のために,ハチ,アブ,チョウなどのように目だたないが,一部の植物の繁殖は,完全にガに依存しているものとみなしてよい。
ガの幼虫の多くは,植物の葉を食べている。このため,次項に述べる害虫にランクされるものが非常に多いが,自然の生態系において,ガの幼虫が木の葉を食べることは,異常に大発生して木を丸坊主にして枯死させない限り,かえって樹木にとって望ましいことのように思われる。もし木の葉が茂りすぎれば,林の中は風通しが悪くなり,また光が届きにくくなって,病気が発生したり,特殊な害虫が多発して,森林を滅ぼしてしまうだろうし,枝が密生しすぎれば,自然発火による山火事の危険もあろう。ガの幼虫による木の葉や枝の適度な間引きは,自然界のバランスを保つための重要な仕事なのである。
害虫 幼虫が植物の葉を食べるものが圧倒的に多いため,害虫と呼ばれるガの種類は非常に多い。おもな害虫を加害する部位や方法で分類して示すと次のとおりである。(1)幹や枝に食入するもの コウモリガ,ボクトウガ,スカシバガなど。ブドウの新梢や枝に入って虫こぶ状の膨らみをつくるブドウスカシバは,ブドウ園の重要害虫である。しかし,これの老熟幼虫の入った膨れた枝を剪定し,幼虫を取り出しブドウノムシとかエビヅルノムシと呼び,秋から春にかけて釣餌として市販している。(2)茎に食入するもの アワノメイガ(トウモロコシ,キビ,アワなど),イッテンオオメイガ(イネ),ニカメイガ(イネ,マコモ,ヨシなど)。ニカメイガの幼虫はズイムシあるいはメイチュウと呼ばれ,日本で稲作の大害虫である。(3)土中に潜んでいて葉や茎を食べるもの いわゆる根切虫と呼ばれるもので,タマナヤガ,カブラヤガ,ヨトウガなどは,花卉,野菜の害虫である。(4)花芽やつぼみをおもに食べるもの ナシマダラメイガ(ナシ),エゾギクトリバ(エゾギク,キンレイカ,ダリアその他),ベニモンアオリンガ(ツツジ)。(5)葉をつづったり巻いて巣をつくり食害するもの ハマキガ類,ミノガ類,ワタノメイガ(フヨウ,アオギリなど)。(6)果実に食入するもの モモノゴマダラノメイガ(モモ,クリ),ナシマダラメイガ(ナシ),ナシヒメシンクイガ(モモ,リンゴ,ナシ),カキノヘタムシガ (カキ)。(7)葉に潜ってトンネルを掘り葉肉を食べるもの ホソガ類,ハモグリガ類など。いわゆる字書虫とか絵書虫と呼ばれるもので,食痕が葉に独特の模様をつくる。(8)葉を食害するもの きわめて多種に及ぶ。クワノメイガ(クワ),シロオビノメイガ(ホウレンソウ,フダンソウなど),イラガ(カキ,ナシ,ウメその他),ヨモギエダシャク(ダリア,ダイズ,クリなど多食性)。(9)屋内害虫 食料倉庫や家庭の台所で,ガのいないところはないといっても過言ではない。バクガ,スジマダラメイガ,カシノシマメイガ,コメノシマメイガなどは,貯蔵穀物,干果,種子,豆粉など乾燥食品を食べ,成虫になっても家屋内にすむ害虫である。またイガは家屋内にすんでケラチンを含む毛織物に幼虫が寄生し,穴を開けたり傷をつけたりする。(10)衛生害虫 ドクガの幼虫は,毒針毛をもち,これが皮膚に刺さると発疹ができ,かゆみを覚える。いわゆる衛生害虫として有名である。この属はドクガのほかチャドクガ,モンシロドクガなど,日本に12種分布し,果樹や庭園樹の害虫であるとともに,幼虫時代の毒針毛が繭につけられ,さらに羽化した成虫体にも鱗粉の間に混ざっているので,多数発生すると人畜の炎症被害が大きい。マツカレハその他のカレハガ,ヤネホソバその他のホソバやコケガ,タケノホソクロバ などの幼虫も毒針毛があるので,刺されると湿疹ができるが,成虫は無害である。イラガ科の幼虫(イラムシ)の体表には肉棘(にくきよく)が生えているので,これに触れると刺されて,はげしい痛みを覚える。(11)帰化害虫 海外から人為的な要因で侵入し,日本に土着した害虫がいくつかあるが,なかでもアメリカシロヒトリは,第2次世界大戦後に,アメリカ軍の物資とともに日本に入り,本州,四国,九州に広がってしまったもので,サクラ,クワ,バラその他200種くらいの植物に寄生する大害虫となっている。さいわいにして果樹園にはほとんど侵入できないが,庭園樹,街路樹あるいは手入れをせずに放置してあるクワ園などに多発し,被害が出ることが多い。
アメリカシロヒトリをはじめ,いくつかの害虫の中には,害虫や餌が入手しやすく,飼育も簡便なので,生態,生理など純生物学的な研究に役だっているものも多い。マイマイガはヨーロッパから北アメリカにかけて,重要な森林害虫であるとともに,遺伝学の実験材料として利用され,また性誘引物質の研究にも役だっている。
環境指標としての利用 公害や自然環境の破壊が各地で深刻な問題になるにつれ,環境調査も全国で行われている。自然がどの程度人間にむしばまれているか,どの程度自然が残っているか,あるいは山中に自動車道路やダムをつくると,周辺の自然にどのような影響を及ぼすかなどを調査するときに,特定地域の植生および昆虫相を調べることも重要である。幼虫がほとんど植物に依存しているガ類は,この意味でも自然(あるいは二次的自然)の調査対象として,最近ではかなり重視されるようになった。先にも述べたように,生態系の第1次消費者であるガが生息することによって,これを食料としている第2次消費者の鳥獣その他の食肉性動物も生存可能なのだから,ガ類が生態系の中に占める地位は大きいのである。 執筆者:井上 寛
文化史 日本語の蛾の古名はヒヒル,ヒムシなどで,蛾という漢名をそのまま用いた例は《太平記》などに見られるが,一般に用いられるようになったのは,比較的新しいことと思われる。英語のmothは,本来,衣類,穀類を食害するイガ,コクガなどを含む屋内害虫を指した。フランス語でもイガ,コクガなどはmiteと呼ぶ。
スズメガなど,蛾の種類によっては終齢幼虫が土の中に入って,エジプトのミイラを思わせるさなぎになり,それから蛾が出現するところから,蛾は蝶とともに死と再生のシンボルとされた。特異なものでは,フランスにおいて,背中にどくろの文様をもつオウシュウメンガタスズメ の出現は凶兆とされ,19世紀フランスの詩人ネルバルの詩にもうたわれている。古代西洋には,死者の口から蛾(蝶)が出ていく絵やレリーフがあり,ギリシア語では蝶,蛾も人の魂もともにプシュケーと呼ばれる。ただし蝶や蛾を死者の魂とする考え方は,東南アジア,メラネシア,日本など世界各地にある。ローマの作家アプレイウスの《黄金のろば 》には,エロス(クピド,アモル)に恋する美少女プシュケーの物語がある。炎の中にみずから飛び入って身を焼く蛾の不可解な行動は,古代・中世の人々に,火による浄化と転生の観念を与えたが,エロスに激しく恋する少女プシュケーの像も,蝶蛾の翅を背に生やした姿で表され,蛾になぞらえられている。このように西洋では,蛾が蝶と厳密には区別されず,マイナスイメージばかりではないのに対して,両者を峻別し,蝶の美をたたえる反面,蛾を忌み嫌う日本人の潔癖性は,世界の民族の中でも際だっているといえるであろう。 執筆者:奥本 大三郎