日本大百科全書(ニッポニカ) 「工業薬品工業」の意味・わかりやすい解説
工業薬品工業
こうぎょうやくひんこうぎょう
工業用の原料として比較的大量に用いられる無機工業薬品や有機工業薬品を製造する化学工業。工業薬品は化学薬品、基礎化学品などともよばれるが、医薬品は含まれない。化学薬品工業ともいう。
主要な無機工業薬品としては、硫酸、硝酸、塩酸等の酸と、カ性ソーダ(水酸化ナトリウム)、ソーダ灰(無水炭酸ナトリウム)、炭酸ソーダ(炭酸ナトリウム)、アンモニア等のアルカリ製品がある。硫酸は無機薬品では国内最大の生産量であり、1970年代から、つねに約600万~700万トンで推移している(2011年は642万トン)。おもに非鉄の精錬過程で出る二酸化硫黄(いおう)を原料に生産されている。日本では肥料用よりも工業用に多く使われている。カ性ソーダは無機薬品で硫酸に次ぐ生産量(2011年は396万トン)であり、1970~1980年代は300万トンほどであったが、1990年代から400万トンほどの生産量で横ばいである。カ性ソーダは、食塩の電気分解で塩素ガスとともに生産される。日本では、生産方法としてはコストが安く品質的にも優れているイオン交換膜法だけになっている。ほとんどが工業用のアルカリ剤として使われるが、せっけんや紙の原料のパルプ製造に欠かせない薬品である。
一方、有機工業薬品で重要なものとして、石油化学用ナフサから得られるベンゼン、トルエン、キシレン(これらをまとめてBTXという)などの芳香族炭化水素や、エチレン、プロピレン、ブタジエン等がある。BTXの生産量は1970~1980年代には約400万トンであったが、1980年代後半から2000年代にかけて、とくにポリエステル繊維、ポリエチレンテレフタレート(PET(ペット))樹脂等に使われるキシレンの生産が大幅に伸び、2011年(平成23)の生産量は1151万トンに増加している。ナフサを分解・精製して得られる最大のものはエチレンであり、生産量は1990年代からは700万トン前後で推移している。エチレンは各種合成樹脂や合成繊維の基礎原料となる。エチレンに次ぐ生産量のプロピレンは、1970~1980年代の300万トン前後から、2000年代には600万トンほどに倍増している。プロピレンはポリプロピレン、アクリロニトリル、プロピレンオキサイド(プロピレンオキシド)、アセトン、ブタノール等の原料となる。ブタジエンはエチレン、プロピレンの副産物として年間100万トン前後の生産量であり、用途は合成ゴム向けが7割を占め、残りがABS樹脂(アクリロニトリル、ブタジエン、スチレンからなる合成樹脂)などの原料となる。
時代とともに化学工業は盛衰があるが、原料としての工業薬品はつねに必要とされている。日本の工業薬品製造は、1872年(明治5)に明治政府によって大阪の造幣局に鉛室法硫酸工場が建設され、貨幣製造に使われる金銀地金の精製等に必要な硫酸がつくられたのが始まりである。1880年には、印刷局で使用する製紙用パルプの原料製造のためにルブラン法ソーダ工場が建設された。その後、過リン酸石灰や硫安等の化学肥料工業において硫酸やアンモニアの需要が高まった。また、1918年(大正7)の帝国人造絹糸(現、帝人)によるビスコース法のレーヨン生産に始まる化学繊維工業においてカ性ソーダが原料として必要とされた。第二次世界大戦後、食糧不足解消のために化学肥料(硫安)が傾斜生産(産業の拡大を図るために、基幹産業に資金・資材を重点的に投入すること)され、さらに1950年(昭和25)の朝鮮戦争の特需でレーヨン等の原料となるカ性ソーダ(電解法ソーダ)工業も復興した。1950年代後半以降、石炭化学工業から石油化学工業への急速な代替と高分子材料の普及とによって多量の汎用(はんよう)原料として有機工業薬品の重要性が増していった。1960年代にはナフサの熱分解によってエチレン、プロピレン、ベンゼンなどを生成して、有機化学品、合成樹脂、合成ゴムなどを一貫して生産する石油化学コンビナートが各地に生まれた。
しかし、1980年代から中国をはじめとするアジア諸国においても石油化学工業が発展してきたため、化学肥料、石油化学などの素材型の化学工業から、医薬品、化粧品、洗剤、プラスチック製品などの加工型・付加価値型の化学工業やバイオ製薬工業、新素材工業、電子情報材料工業などの機能化学工業分野に重点が移っている。これらの幅広い分野の原料として、汎用工業薬品だけでなく付加価値の高いファイン・ケミカルの重要性が増している。
[山本恭裕]