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帝国党 ていこくとう

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

帝国党
ていこくとう

日本の政党。 1899年7月5日,佐々友房らが国民協会を改組して第2次山県内閣の純然たる与党として結成した国家主義的な政党。政綱としては,万世一系の国体の擁護,軍備の充実,日本の権益の伸張経済力の充実,教育勅語を中核とする国民道徳精神の発揚社会政策の拡充,地方自治の完備,交通機関の整備の8項目を掲げていた。続く第4次伊藤内閣では反対党にまわり,問責決議案を提出するなどしたが,そのあとの第1次桂内閣ではまた与党として行動した。この間議席数は 17前後であった。 1905年 12月,大同倶楽部の結成に伴い発展的に解党。

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百科事典マイペディアの解説

帝国党【ていこくとう】

1899年国民協会改組後にできた政党。中心は佐々友房〔1854-1906〕。欽定憲法と国体の擁護,軍備充実などを綱領とした。1905年大同倶楽部として再編成。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

帝国党
ていこくとう
Reichsparteiドイツ語

正式には帝国・自由保守党といい、自由保守党とも通称される。1866年、ビスマルクのドイツ統一策に反対する保守派から分かれたビスマルク支持者の党。大農業界、重工業界、高級官僚よりなる典型的名望家政党で、勢力は大きくはなかったが、第二帝政全期を通じて体制擁護の原則にたって政府を支持し、ドイツ保守党と国民自由党との間を橋渡しする役割をもった。第一次世界大戦後に解散した。[木村靖二]

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世界大百科事典内の帝国党の言及

【国民協会】より

…軍備の拡充,実業の振興,国権の拡張をかかげる典型的な〈吏党〉であったが,条約改正問題で第2次伊藤博文内閣と対立して与党的地位を失った。日清戦争後藩閥政府が自由党や進歩党などの〈民党〉との提携を試みると,藩閥勢力の中でももっとも保守的な山県有朋との結びつきを強めたが,党勢は衰退の一途をたどり,99年7月に解党し,帝国党を結成した。【坂野 潤治】(2)昭和期の日本主義団体。…

※「帝国党」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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