induction を「帰納法」と訳した例は①に挙げた「百学連環」に見えるが、この訳語が「哲学字彙」に受け継がれ、次第に定着するのに伴い、「する」を伴ってサ変動詞として、また、「帰納的」という形で形容動詞として用いられるようになった。
ギリシア語のepagōgē,ラテン語のinductioに由来するヨーロッパ語(英語のinductionなど)の訳語。もともとは〈上方に導くこと〉を意味したが,現在では,より特殊的な事例からより一般的な法則を導き出すこと,という意味で用いられる。その点で,より一般的な事態からより特殊的な事態を推理(推論)する演繹と対比的に用いられることが多い。人間の推理方法には,この二つの推理,すなわち,一般から特殊を導く演繹的推理と,特殊から一般を導く帰納的推理inductive inference(reasoning)が存在し,しかも,それらが異なる特徴をもつことを指摘したのはアリストテレスであった。以来,演繹と帰納は人間の異なる推理方法として位置づけられ,論じられてきた。
帰納的推理の例としては,いくつかの石,いくつかの鉄片などが落下するという個々の事例から出発して,〈重いものはすべて落下する〉といった一般的結論を得る推理とか,個々のイヌがウサギを追いかけるといった事例から,〈イヌというものはウサギを追いかけるものだ〉といった習性を結論する推理とか,また,秋にくりかえされる台風の襲来という事例から〈台風は秋に来る〉といった傾向を結論する推理などがあげられる。この場合,帰納的推理の出発点となる個々の特殊的な事例を帰納の前提,それらから推理によって得られる結果を帰納の結論とよぶ。ところが,帰納における前提と結論とは,演繹における前提と結論に対して,特殊-一般の関係において逆になっているだけでなく,前提-結論の結びつきにおいて重要な差異をもっている。われわれは,帰納の前提である個々の事例,たとえば自分の知っているどのイヌもウサギを追いかけたことを認めていても,その結論〈イヌというものはウサギを追いかけるものだ〉ということを認めるとはかぎらない。ウサギを追いかけることがイヌのすべてに共通する習性とは考えず,それを疑う余地は残っている。この場合,結論の言及している範囲は,前提の言及している自分の知っているイヌの範囲をこえて,イヌのすべてに及んでいるからである。これを〈帰納の飛躍inductive leap〉と呼ぶ。
科学的法則と呼ばれるものは,一般に,広い範囲の事物に適用される。たとえば,個々の物体の落下距離と時間との関係を克明に調べた結果はまだ法則とは呼ばれず,一般的に,落下距離xと時間tとの間に成立する関係x=1/2gt2(gは重力の加速度)の形にまとめられたものが法則と呼ばれるのである。それゆえ,この場合の帰納とは法則の発見に対応しているが,個々の事例をただ積み重ねたからといって,法則が発見されるとは限らない。帰納的推理は,近代自然科学の形成期に,法則発見の手段としてその重要性がF.ベーコンによって強調され,J.S.ミルやW.ヒューエルの研究も有名であるが,現在まだ,多くの議論を呼び,とくに〈帰納の飛躍〉をめぐって論争が絶えない。
→演繹
執筆者:大出 晁
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特殊から一般を推論し、帰結すること。演繹(えんえき)、すなわち演繹的推論においては、前提が真であれば、結論も必然的に真でなければならない。これに対して、帰納においては、前提が真であるからといって、結論が真であるということは保証されていない。したがって、帰納に基づく論理、つまり帰納論理は厳密な意味では論理とはいえない。しかしながら、論理を演繹のみに限るといろいろと不都合なことがおこる。たとえば、科学理論を構成するに際しては、実験データや観測データから出発して理論が組み立てられるといわれている。つまり、データから理論が演繹されるのではなく、帰納される。
データから理論へというこのプロセスを整理し、演繹論理とは別の論理、すなわち帰納論理を定式化しようという試みはF・ベーコンに始まり、J・S・ミルを経て、いまでは近代論理学の一分野として、統計学とも結び付いて活発に研究されている。
とはいっても、理論物理学のような理論的科学においては、帰納によってデータから理論が構成されるわけではない。多くの場合、まず理論が組み立てられ、そこからデータと照合することができる命題が演繹され、データに合致するかどうかによって理論が検証される。したがって、こういった理論においては、帰納あるいは帰納論理は、演繹ほど大きな役割を演じていない。
[石本 新]
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…また,科学方法論を直接テーマとしたのはJ.S.ミルであった。科学的帰納推理に関する彼の研究は現代科学哲学の一つの源流と考えられる。この帰納的方法論の尊重はやがて,マッハやデュエムの実証主義の基礎を築き,そして,遂に,現代の科学哲学を生み出すことになるのである。…
…これは陰に陽に,すべての論理学者によって承認されてきた事実なのであった。
[帰納的推論と演繹的推論]
ところで,世界についての事実認識を基礎に置いて,これまた世界についての認識にいたる推論がある場合,われわれは前提と結論の関係に応じて推論を2種類に区別することができる。一つは,より個別的で単純な事例の集りから,より一般的な法則を導くところの,帰納的推論(帰納)と呼ばれるものである。…
※「帰納」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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