物理学の研究対象すなわち物理現象を理論的に研究する分野である。実験物理学と合わせて物理学全体を構成する。観測・測定の結果は現象に関する直接の情報を与える経験事実であるが、そのままでは現象を生じさせた基本的な物質とその運動法則とを直接示しているとは限らない。現象からその背後にある基本的要因をみいだし、これに基づいて現象を理解するためには、このことを可能にする理論的方法を用いなければならない。
理論的方法の出発点は理論的課題の設定である。理論的課題の第一は、実験的事実や広い経験的事実に基づく通念、あるいはすでに得られている理論的研究の成果などに基づいて現象の一般的・基本的法則をみいだし、物質の基本的属性を明らかにするとともに、これらを包含した理論体系を構築することである。その第二は、第一の課題とは逆に、すでにみいだされている理論体系や物質の基本的属性に基づいて現象を理解し、現象に関する諸法則を根拠づけ、現象や諸法則に関する認識を深化させるとともに、理論体系と物質の基本的な属性に関する認識をより豊かにすることである。第三として、たとえばアインシュタインがニュートンの運動の第二法則である運動方程式とマクスウェルの電磁場方程式の間に不整合な点があることをみいだし、これを解決するという研究から特殊相対性理論に到達したように、理論体系のなかから基本的課題を発見して設定することである。
物理学の研究は現象の精密な量的把握に始まる。そのため、理論的課題やその展開には数学の処法を手段として用いるのが通常である。また物理学における研究一般、とくに理論的研究においては、模型を設定しこれに基づいて考察を行うことが多い。模型とは、対象の属性あるいはその運動の一部を共有するよう人為的に構成された解の可能な力学系である。共有する属性や運動の範囲が広い場合、この模型は有効である。有効な模型をみいだしこの模型を物質の基本的属性と理論体系から根拠づけることは、理論的研究の重要な課題である。
理論的課題とその解決が、すでにみいだされた物質の基本的属性や基本的法則に基づいていることの結果として、しばしば未知の粒子の存在や、未知の場や粒子の運動が理論的に予見され、まもなくこれらが実験的に証明された例が少なくない。
物理学が実験物理学と理論物理学に分化したのは、実験的研究および理論的研究に必要な知識技術が複雑多岐にわたって、同一人がこれらを身につけ駆使することが不可能になったためと思われるが、この分化はアインシュタインに始まるとされている。もっとも彼は実験的研究に対する優れたアドバイザーであったといわれている。コンピュータの利用によって測定と計算の自動化が進み、物理学の単一化を促していくようにも考えられるが、われわれの日常の世界と研究の対象とする領域との間の距離はかえって大きくなってきており、このことは両者の分化を強めていくとも考えられる。いずれにしても物理学の研究は両者の協同によって初めて進んでいくものである。
[田中 一]
『フランク・スレーター著、井上健訳『理論物理学入門』上・下(1963、1964・岩波書店)』▽『湯川秀樹著、江沢洋編『理論物理学を語る』(1997・日本評論社)』▽『C・F・スティーブンス著、早田次郎訳『現代物理を学ぶための理論物理学』(1997・吉岡書店)』
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