個々の具体的事実から一般法則を導くことを論理学では帰納というが,数学的帰納法というのはそれとは多少異なり,次に示すような数学の証明法を意味する。
例えば,1からnまでのn個の自然数の和Snはn(n+1)/2であるが,これを証明するのに次のようにしてもよい。
(1)n=1のときは,S1=1,1×(1+1)/2=1ゆえ,S1については正しい。
(2)n=kのとき正しいとすると,Sk+1=Sk+(k+1)=k(k+1)/2+(k+1)=(k+1)(k/2+1)=(k+1)(k+2)/2ゆえ,k+1のときも正しい。
このようにしてよい理由は,n=kのときのSk=k(k+1)/2という主張をPkとしてみる。(1)はP1は正しいことを示している。(2)はPkが正しければPk+1も正しいことを示している。(1)よりP1が正しいのだから,(2)によりP2も正しい。したがって(2)によりP3も正しい,というようになり,すべての自然数nについてPnが正しいことになるのである。
一般に,命題の列P1,P2,……,Pn,……があって,自然数で番号づけられているとき,次の(1)(2)(3)いずれかができれば,すべてのPiの証明ができることになり,これらの証明法を数学的帰納法というのである。
(1)(a)P1は正しい,(b)Pkが正しければPk+1も正しい,の2段階の証明。
(2)(a)P1,……,Prは全部正しい,(b)k>rのとき,Pk-r,Pk-r+1,……,Pk-1が正しければ,Pkも正しい,の2段階の証明。
(3)kが自然数のとき,i<kならばPiはすべて正しいと仮定して,Pkの正しいことの証明。
(1)は前出の例の場合である。(2)でもよいことは,同様の理由による。(3)は一段階節約したかのごとく見えるが,例えば,P1を証明する場合,正しいと仮定されるものはないのだから,多くの場合P1単独の証明が必要になるので,実際の証明としては,(1)の型が大部分であり,ときどき(2)の型になる場合がある。まれにP1のためにとくに別のいいまわしをすることなく,ほんとうに(3)の一段階だけですむことがある。
もっと一般な場合もある。すなわち,極小条件を満たす順序集合Mで番号づけられた命題Pm(m∈M)の集りがあって,上の(3)と同様に,各m∈Mについて,〈n∈M,n<mならばPnは正しい〉との仮定の下で,Pmの証明ができれば,すべてのPmが正しいことになる。なぜなら,正しくないPmがあったとして,A={m∈M|Pmは正しくない}をとると,極小条件は,Aに極小元αがあることを意味する。n<αならPnは正しいのだから,Pαも正しいはずでα∈Aに反する。
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
自然数上の変数を含む命題に対し、自然数のある性質に着目して、その命題を証明、あるいは定義するための手法をいう。p(x)を自然数xについての述語とするとき、自然数の性質として、「p(1)が成り立ち、かつ、任意の自然数kについてp(k)ならばp(k+1)である、が成立すれば、すべての自然数nについてp(n)である」が成り立つことが知られている。このことを用いた証明あるいは定義が、数学的帰納法による証明であり、数学的帰納法による定義(帰納的定義)である。
たとえば、
が成立することの証明には、「n=1のときには、左辺、右辺とも1となって成立する」。さらに、「n=kのとき成立すると仮定すると、
となって、n=k+1の場合も成立する」ことで十分である。
次に、ある数列{an}を数学的帰納法によって定義してみよう。n=1のとき、anを1、すなわち、a1=1と定義し、n=kのときakが定義されていると仮定して、n=k+1のとき、ak+1=ak・(k+1)と定義する。このような帰納法による定義は、
と書くのが普通である。この定義による数列は、
a1=1, a2=1・2=2, a3=2・3=6,
a4=6・4=24, a5=24・5=120, ……,
an=1・2・3・4・……・(n-1)・n(=n!),……
となる。この方法によって数列{an}が定義されていることは、「数列の第n項anが定義される」という命題p(n)を考えてみればよい。
数学的帰納法には、「任意の自然数kについて、m≦kなるすべての自然数mに対しp(m)ならばp(k+1)である、が成立すれば、すべての自然数nについてp(n)が成立する」など、いろいろな形式のものがある。なお、数学的帰納法は、その形式が「帰納」にきわめて似通っていることからきた名称で、内容は、対象のすべてを調べるのであるから、「演繹(えんえき)」の一種である。このため、完全帰納法ともよばれる。
[廣瀬 健]
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