コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

長与善郎 ながよ よしろう

8件 の用語解説(長与善郎の意味・用語解説を検索)

美術人名辞典の解説

長与善郎

小説家・劇作家。東京生。専斎の五男、又郎の弟。東大中退。雑誌『白樺』に加わり、評論・小説・戯曲を発表した。のち『不二』を主宰する。代表作に『項羽と劉邦』『青銅の基督』『竹沢先生と云ふ人』がある。『わが心の遍歴』で読売文学賞受賞。芸術院会員。昭和36年(1961)歿、73才。

出典|(株)思文閣
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

デジタル大辞泉の解説

ながよ‐よしろう〔‐よしラウ〕【長与善郎】

[1888~1961]小説家・劇作家。東京の生まれ。専斎の五男。「白樺」同人。個性の葛藤を描いた作品が多い。小説「青銅の基督」「竹沢先生と云ふ人」、戯曲「項羽(こうう)と劉邦(りゅうほう)」、自伝「わが心の遍歴」など。

出典|小学館 この辞書の凡例を見る
監修:松村明
編集委員:池上秋彦、金田弘、杉崎一雄、鈴木丹士郎、中嶋尚、林巨樹、飛田良文
編集協力:曽根脩
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

百科事典マイペディアの解説

長与善郎【ながよよしろう】

小説家,劇作家。医学者長与専斎の子。東京生れ。東大英文科中退。雑誌《白樺》同人。長編《盲目の川》《彼等の運命》に続いて戯曲《項羽と劉邦》で認められ,運命的な悲劇を多く描いた。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. ご提供する『百科事典マイペディア』は2010年5月に編集・制作したものです

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

長与善郎 ながよ-よしろう

1888-1961 大正-昭和時代の小説家,劇作家。
明治21年8月6日生まれ。長与専斎の5男。明治44年「白樺(しらかば)」同人となる。戯曲「項羽と劉邦(りゅうほう)」,小説「青銅の基督(キリスト)」などで知られる。「白樺」廃刊後は「不二」を主宰した。昭和35年自伝「わが心の遍歴」で読売文学賞。芸術院会員。昭和36年10月29日死去。73歳。東京出身。東京帝大中退。筆名ははじめ平沢仲次。
【格言など】驕(おご)るものは心ではなく,小さな頭脳である(「ハートについて」)

出典|講談社 この辞書の凡例を見る
(C)Kodansha 2015.
書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

世界大百科事典 第2版の解説

ながよよしろう【長与善郎】

1888‐1961(明治21‐昭和36)
小説家,劇作家,評論家。東京生れ。医学者長与専斎の五男。又郎は兄。学習院高等科をへて東大英文科中退。1911年《白樺》に参加。武者小路実篤に近い思想家的色彩の強い作家といえる。自らの失恋と恋愛結婚を描いた《盲目の川》(1914),《彼等の運命》(1915‐16)の長編小説によって作家としての自己を確立し,次いで強烈な個性どうしの葛藤を描いた戯曲《項羽と劉邦》(1916‐17)によって劇作家として認められ,人道主義作家として文壇で活躍する。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。

大辞林 第三版の解説

ながよよしろう【長与善郎】

1888~1961) 小説家・劇作家。東京生まれ。専斎の五男。「白樺」同人。戯曲「項羽と劉邦」で文壇的地位を確立、白樺派の中心的存在として旺盛な文筆活動を展開。作「青銅の基督」「竹沢先生と云ふ人」、自伝「わが心の遍歴」

出典|三省堂
(C) Sanseido Co.,Ltd. 編者:松村明 編 発行者:株式会社 三省堂 ※ 書籍版『大辞林第三版』の図表・付録は収録させておりません。 ※ それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

長与善郎
ながよよしろう

[生]1888.8.6. 東京
[没]1961.10.29. 東京
小説家,劇作家。長与専斎の子。 1913年東京大学中退。 11年『白樺』同人に参加。長編『盲目の川』 (1914) ,『彼等の運命』 (15~16) を書いたのち代表作の戯曲『項羽と劉邦』 (16~17) で英雄悲劇に真価を発揮。

本文は出典元の記述の一部を掲載しています。

出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
Copyright (c) 2014 Britannica Japan Co., Ltd. All rights reserved.
それぞれの記述は執筆時点でのもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

長与善郎
ながよよしろう
(1888―1961)

小説家、劇作家。明治21年8月6日、東京・麻布(あざぶ)に生まれる。医学者専斎(せんさい)の五男で末子。又郎の弟。東京帝国大学英文科中退。学習院高等科のころから思想書・文学書に接し、武者小路実篤(むしゃのこうじさねあつ)の勧めで1911年(明治44)『白樺(しらかば)』同人に加わり、小説・戯曲・感想を発表。文学に芸術性より思想性を多く求める傾向から、実篤にもっとも近づき、また岸田劉生(りゅうせい)、千家元麿(せんげもとまろ)とも親交を結ぶ。恋愛体験に即した『盲目の川』(1914)、結婚の経緯を描いた『彼等の運命』(1915~16)などの自伝小説、英雄の劇的運命を扱った長編戯曲『項羽(こうう)と劉邦(りゅうほう)』(1916~17)により文壇・劇壇に注目され、『陸奥(むつ)直二郎』(1918)、『青銅の基督(キリスト)』(1923)などの諸作を書くほか、白樺演劇社(1919)の活動に携わったりしたが、『白樺』廃刊後『不二(ふじ)』を創刊(1924)、同誌に思想小説『竹沢先生と云(い)ふ人』(1924~25)を連載、広く世に迎えられた。大正末、病を得、数年創作から離れた間に『論語』『老子』などを再読、さらに満鉄嘱託として満州(中国東北部)、中国に旅行、東洋の思想・美術への関心を深め、『大帝康煕(こうき)』『文化の問題』(ともに1938)、『東洋の道と美』(1943)、『東洋芸術の諸相』(1944)などを刊行。
 第二次世界大戦後は日本の文化再建を目ざす知識人の集まりである同心会・生成(せいせい)会の一員となり文化立国に努めるとともに、『野性の誘惑』(1947)、『その夜』(1948~51)、『押し花帖(ちょう)』(1954)などの長短編、自伝『わが心の遍歴』(1957~59)に旺盛(おうせい)な筆力を示した。1948年(昭和23)芸術院会員。昭和36年10月29日没。[遠藤 祐]
『『筑摩現代文学大系23 長与善郎他集』(1977・筑摩書房) ▽田中栄一著『長与善郎の思想と文学』(『日本文学研究資料叢書 大正の文学』所収・1981・有精堂出版)』

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ) この辞書の凡例を見る
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの解説は執筆時点のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

長与善郎の関連キーワード加藤武雄村松梢風生田花世伊藤人誉大泉黒石翁久允作田彦諏訪三郎寺崎浩寺本忠雄

今日のキーワード

災害派遣

天災地変その他の災害に際して,人命または財産の保護のために行なわれる自衛隊の派遣。災害出動ともいう。都道府県知事などの要請に基づいて,防衛大臣が派遣することを原則とするが,特に緊急を要する場合,要請を...

続きを読む

コトバンク for iPhone

長与善郎の関連情報