庚申待(読み)こうしんまち

精選版 日本国語大辞典「庚申待」の解説

こうしん‐まち カウシン‥【庚申待】

〘名〙 (「庚申(こうしんまつり)」の変化した語) 干支(えと)の庚申(かのえさる)にあたる日の夜に行なう祭事祭神として仏教では青面金剛(しょうめんこんごう)神道では猿田彦をまつるが、本来は、中国の道教における「守庚申(人の体内にすむ三尸(さんし)虫が庚申の夜に天に上って、その人の罪科を告げるという信仰から、その夜は斎して三尸の昇天をはばむ)」の行事が日本に伝わり、それに仏教と神道とが混交して独特の民俗的祭事になったという。庚申講が組織され、祭事は講中の家を輪番に回って行なう。終わると酒食が出て夜明けまで歓談をともにするので、江戸以来、庶民の社交の場ともなった。庚申。庚申会(こうしんえ)。→宵庚申(よいこうしん)。《季・新年》
※多聞院日記‐天文八年(1539)九月二六日「夕庚申待仏地院長延房所沙汰了」
俳諧続猿蓑(1698)冬「小夜ちどり庚申まちの舟屋形〈丈草〉」
[補注]この習俗の由来について、柳田国男は、日待ち・月待ち等の行事や、猿を祭る習俗との関連を重視して日本固有説をとなえた。

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デジタル大辞泉「庚申待」の解説

こうしん‐まち〔カウシン‐〕【×庚申待】

庚申(かのえさる)の日、仏家では青面金剛(しょうめんこんごう)または帝釈天(たいしゃくてん)、神道では猿田彦神を祭り、徹夜する行事。この夜眠ると、そのすきに三尸(さんし)が体内から抜け出て、天帝にその人の悪事を告げるといい、また、その虫が人の命を短くするともいわれる。村人や縁者が集まり、江戸時代以来しだいに社交的なものとなった。庚申会(こうしんえ)。 新年》

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世界大百科事典内の庚申待の言及

【庚申信仰】より

…これは円仁《入唐求法巡礼行記(につとうぐほうじゆんれいこうき)》承和5年(838)11月26日の条に,その晩に中国の人はみな寝なかったのは,日本の正月庚申の夜と同じと記されているためである。10世紀になると,天皇を中心とする庚申待が,宮中で恒例として行われたが,そのやり方は,中国の仏教で行った守庚申会と同様に,参集の王卿や侍臣たちに酒饌を賜り,碁,詩歌管絃その他の遊びをしながらの徹夜であった。形式こそ道教の説く三尸説とちがうが,目的と精神とは三尸説と同様,長生きであった。…

【日待】より

…宗教的なの集会を一般に日待と呼ぶこともある。集りの日取りにより,甲子待(きのえねまち),庚申待(こうしんまち)などと称しているが,十九夜待,二十三夜待,二十六夜待などは月の出を拝む行事で,日待と区別して月待と呼ぶ。自治的な村の運営の相談をするような村の寄合を日待と称していた地方もある。…

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