日本歴史地名大系 「府内城跡」の解説
府内城跡
ふないじようあと
大分川が北西に流れて別府湾に流入する辺りの旧河口部西側にあった江戸時代の平城。県指定史跡。古くは
〔創建と拡張〕
文禄三年(一五九四)早川長敏が府内に入ったが、
〔構成と施設〕
竹中時代の慶長府内絵図、寛永一一年(一六三四)入部した日根野吉明在封中の正保府内城絵図により、およその構成が知られる。本丸、東の丸・西の丸と両丸をつなぐ出合曲輪からなる二の丸、北の丸(山里)と北の小丸からなる北の丸、南から西を囲む三の丸がある。本丸と二の丸・北の丸との間は堀、二の丸と三の丸の間に内堀がある。北側の砂洲
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報